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歳月
さいげつ
作品ID4038
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「お茶の水」第60号、お茶の水女子高等師範学校附属高等女学校校友会誌、1948(昭和23)年
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-12-27 / 2014-09-18
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 わたしたちの時代には、学校がそこにあった関係から、お茶の水と呼んでいた附属高女の専攻科の方が見えて、雑誌に何かかくようにと云われた。いまその原稿をかきはじめている、わたしの心持には複雑ないろいろの思いがある。そして、そういう思いは、わたしと同級生であった誰彼のひとたちが、もしその雑誌をよむとしたら、やっぱり同じように感じる思いではなかろうかと思う。なぜなら、随分久しい間、わたしは、自分が少女時代の五年間を暮した学校と縁がきれていた。ざっと十年以上。縁がきれたことには、わたしの方からでない理由の方が大きく作用していた。
 わたしは、女学校を卒業してじき、文学の仕事をしはじめた。自分の生活についていろいろ考えてゆくと、やはり女学校時代の若い心情に蒙ったさまざまの感銘が思いかえされ、そこに、人間として苦しかった折々のあったことを忘れかねた。一九一一年(明治四四年)から一六年にかけての女学校生活には、現代の、とくに一九四五年八月以後の女学生には想像も出来ないような苦しさがあった。それも、ごく些末なことについて。髪の形とか、顔の化粧とか、襷の色と幅とその結びかたについてとか。小さいことごとに、大きな重い感情がきつく示され、そのことでまで稚い心はいためられた。よしんば、そのことがわたし自身にかかわったことでなくても。
 大人の女と少女の感情の間のくいちがいは家庭の内にもある。学校生活の中にもある。そしてそれは文学のテーマとなっている。そこで少年が主人公ではあるが有名なルナールの「にんじん」をはじめとして。
 きょう、そういう心理的な問題については、一般的にある程度は理解されている。女性にも一人一人の性格がある、ということを認めていると同じように。三十年という歳月は、ほんとに意味なく経過したのではなかった。
 わたしは何となくいつも心に苦しさのある生徒だったが、卒業してからは、謝恩的な感情に支配されるのが普通とされている卒業生の雰囲気にとって、一つのとげのような存在となってしまった。わたしは一度ならず、女学校時代の思い出の痛苦をかいたから。そしてそれはまざまざと書かれた。
 五年生だったとき、一人の同級生が、ある日きれいに薄化粧して来た。朝の第一時間がはじまったとき、担当の年をとった女先生から、その顔をすぐ洗って来るようにと命ぜられた。その一人が教室に戻って来るまで授業ははじめられず、みんな着席したまま固唾をのんで待っていた。やがて涙も一緒に水道の水でごしごしこすった顔を因幡の兎のように赤むけに光らして、しんから切なさそうにそのひとが席へ帰って来たとき、三十二人の全級はどういう感じにうたれたろう。こわさと一緒に惨酷さがわたしの体をふるわせた。
 こういう忘れられない情景が、さながらに描き出されたとき、そこに奇妙な現象がおこった。客観的に描かれてみれば誰の目にも、そういう…

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