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大菩薩峠
だいぼさつとうげ
作品ID4059
副題11 駒井能登守の巻
11 こまいのとのかみのまき
著者中里 介山
文字遣い新字新仮名
底本 「大菩薩峠3」 ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年1月24日
入力者(株)モモ
校正者原田頌子
公開 / 更新2001-10-05 / 2014-09-17
長さの目安約 113 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

         一

 甲府の神尾主膳の邸へ来客があって或る夜の話、
「神尾殿、江戸からお客が見えるそうだがまだ到着しませぬか」
「女連のことだから、まだ四五日はかかるだろう」
「なにしろ有名な難路でござるから、上野原あたりまで迎えの者をやってはいかがでござるな」
「それには及ぶまい、関所の方へ会釈のあるように話をしておいたから、まあ道中の心配はあるまいと思う」
「関所の役人が心得ていることなら大丈夫であろうが、貴殿御自身に迎えに行く心があったら、近いところまで行ってごらんになるもよろしかろうと思う」
「しからば、勝沼あたりまで行ってみようか知らん」
「勝沼までと言わず、いっそ笹子を越えて猿橋あたりまで行ってみてはいかがでござるな」
「笹子を越えるのはチト億劫だが、しかしまだ天目山の古戦場を初め、あの辺には見ておきたいと思ってその機会を得ない名所がいくらもある、そう言われるとこの際、行って見たいような気持がする」
「行って見給え、江戸からのお客というのを途中で迎えて、それを案内してあの辺の名所を見物し、その帰りに塩山の湯にでも浸ってみるも一興であろう」
「左様、それではひとつ、気休めをして来ようかな」
「それがよかろう」
と語り合っている一人は神尾主膳で、一人は分部という組頭。この二人が別懇の間柄であることはこの会話でも知れます。この話をしているところへ、
「お客様、山口四郎右衛門様がおいでになりました」
「ナニ、山口殿が見えたと? それはちょうどよい、分部殿もおらるる、直ぐにこれへお通し申すがよい」
「畏まりました」
 まもなく山口四郎右衛門というのが入って来ました。
「やあ、分部殿もおいでか。大分寒くなりましたな、山国である故、寒さの来ることも早いのはぜひもないが、それにしてもまだこんなはずはあるまい」
「左様、八ヶ岳にも雪が深いし、地蔵岳も大分被りはじめたようだから、それが風のかげんで甲府の空を冷たくするのであろう、なかなか寒い」
「まあ、ここへ来て温まり給え、寒さ凌ぎに一献参らせる」
「催促をしたようで恐れ入るな」
「拙者ひとりで寒さ凌ぎをやろうと思うていたところ、折よく分部殿がお見え、それにまた貴殿のおいでで甚だ嬉しい、ゆっくりと寛いで行ってくれ給え」
 三人は飲んでようやく興が加わる時分に、山口四郎右衛門が何をか不平面に、
「御両所、近いうちに新しい勤番支配が来ることをお聞きなされたか、その風聞がたぶん御両所の耳にも入ったことと存ずる」
「ナニ、支配が来ると? しからば今まで欠けていた勤番支配の穴が埋まるのか、それは初耳じゃ、我々はトンと左様な噂は聞かぬ。して、いかなる人がどこから来るのじゃ」
 神尾と分部とは、自分たちの上に立つべき勤番支配の一人が新しく任命されて来るという報告を、山口の口から耳新しく聞いて意外に感じました。単に意外に感ずるば…

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