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ジガ蜂
ジガばち
作品ID407
著者島木 健作
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學大系 70 武田麟太郎・島木健作・織田作之助・檀一雄集」 筑摩書房
1970(昭和45)年6月25日
入力者j.utiyama
校正者かとうかおり
公開 / 更新1998-08-26 / 2014-09-17
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 初夏と共に私の病室をおとづれる元気な訪問客はジガ蜂である。ジガ蜂の颯爽たる風姿はいかにもさかんな活動的な季節の先駆けたるにふさはしく、沈んだ病室内の空気までがにはかに活気を帯びて来るやうに思はれるのだつた。彼等は一刻もぢつとしてゐるといふことを知らない。飛んでゐる時は勿論、とまつてゐる時も溢るる精気に絶えず全身を小刻みにキビキビ動かし続けてやまない。胸から腹に続くところは糸のやうに細く、全体に細長い胴体はスマートで一見華奢のやうに見えるが、その実しんなりと硬く強靱で、あの細腹にしてからが棒切れぐらゐで引きちぎらうとしてもさう簡単に引きちぎれるものではない。色も鋼鉄のやうな光りをもつてゐて、真黒といふよりは青光りのする美しさである。翅も日の光を受けると紫色に輝いて美しい。病室の障子窓からすぐ手の届く所へまで枝を張つてゐる柿の木が、白い小さな花をぽたぽた落す間を、一刻を惜むやうに忙しげに飛び移つてゐる蜜蜂は、ジガ蜂にくらべるとただ善良な律儀者にしか見えなかつたし、山賊のやうな熊蜂は鈍重な愛嬌者であつた。贅肉を持たぬひきしまつた体のジガ蜂は事実闘志に満ちた精悍な奴でもあつた。ある時、今天井に舞ひ上つたと見たジガ蜂が、「ぶあん」といふやうな翅音とも思へぬやうな大きな音を立てたかと思ふと、急降下で、一直線に落ちて来たことがあつた。それが寝てゐる私の枕もとであつた。その瞬間は、さつきのジガ蜂とも知らず、何か黒いつぶてのやうなものが落ちて来ると思つた私は、顔に真直ぐ来るやうな気がして、思はず右手をあげて払つた。ぶーんと飛んで行つたのでジガ蜂だといふことを知つた。そして彼が急降下で落下したところには、肥えふとつた大きな虻がだらしなく足をすくめてころがつてゐた。つついてみると痙攣でも起してゐるらしい恰好で、しばらくは動けなかつた。この虻の大きな図体の上に馬乗りになり、肢でも首でも尻でも身体全体で抱へ込むやうにし、攻撃を加へながら毬のやうになつて落下して来たのである。
 またある時は軒下に張られた蜘蛛の巣に引つかかつたジガ蜂を見たことがあつた。蜘蛛の巣はまだ新しくほころびてもゐなかつた。ジガ蜂は引つかかつたなと思ふと、ぶるんと激しく足ぶるひして次の瞬間にはもう器用に抜け出して、そんなことがあつたともいはぬやうな顔で高い夏空さして飛んで行つた。あツといふ間のことで、よき獲物ござんなれと、上の方にゐて狙つてゐた蜘蛛がするすると下りて来る間もなく、蜘蛛もあつけに取られた形だつた。その迅速果敢が、いかにもジガ蜂らしかつた。
 それにしても私のこの部屋にはなんといふ沢山な彼等なのだらう。入れ代り立ち代り忙しげな彼等には此頃急にふえて来た蝿共の数も及ばない。「大へんな蜂だなあ。」見舞に来た友だちがふと気づいて眼を見張るほどである。何か特別に彼等に好かれる理由でもあるのだらうか?
 私の部…

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