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瘢痕
はんこん |
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作品ID | 4072 |
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著者 | 平出 修 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「定本 平出修集」 春秋社 1965(昭和40)年6月15日 |
入力者 | 林幸雄 |
校正者 | 松永正敏 |
公開 / 更新 | 2003-06-20 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 41 ページ(500字/頁で計算) |
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躍場が二つもある高い階段を軽くあがつて、十六ばかりの女給仕が社長室の扉をそつと叩いた。
「よろしい。」社長の松村初造はちよいと顔を蹙めたが、すぐ何気ない風になつて、給仕を呼入れた。
「あの、田代さんからお電話でございますが。」
「うむ。」
「只今からお伺ひいたしたいんでございますが……。」
「居ると云つたか。僕が、ここに。」松村はうるささうに中途で給仕の詞を遮つた。
「いいえ。あの……」給仕はおづおづしながら、
「何とも申しません。お待ち下さいと申しまして……。」
「ぢや。」松村は考へて、
「まだ会社へお出かけなりませんて、さう云うてね……。」終の詞をやや優しく云つたので、給仕はほつとして出て行かうとした。
「ああ、おい。」松村は給仕を呼びもどした。
「それからね、桑野が居つたら、ここへ来いつて云ふんだ。」
彼は此一日に於てしなければならない仕事の順序を考へた。何より急ぐのは、長い間の経過をもつてゐて、近く三日前から急に差迫つて来たある埋立工事の事業資金調達仲介のことである。出資者は金を出す、事業経営者は二流担保ではあるが担保を出すことまでは極つたが、貸借は直接関係でしたくはない。それは金主と事業者との間に一面識もないからであるのと、も一つ複雑したいきさつが纏はつてゐるからである。もともとこの話は松村と同窓の友人である白川奨の口から始つたので、白川は此資金が産む果実をとつて、自己の担任せる訴訟事件示談金の財源にしようと企てた。彼は出資者たる戸畑を相手として進行して居た訴訟を示談によつて終結させたいと思つて戸畑側と熱心なる交渉を重ねた結果、戸畑は五万円迄の資金を白川が確実なりとし戸畑の腑にも落ちる方法によつて支出する。それによつて得た利益は白川の自由に処分せしむる代はりに白川が依頼されてある訴訟は取下げて示談にする。かう云ふ成行から引出し得べき資金の利用方法を白川は松村に相談し、松村は之を間接には自分の信托会社も関係のある埋立工事の事業資金に廻さうと計画し、経営者と金主との間に立つて、自分は一面借主となり一面貸主となつて、三面的紛糾を解決しようと試みた。徐々に話は進行して行つて、白川はたうとう戸畑を説き伏せて、五万円の現金を三日前に信托会社へ持つて来た。
「さあ松村さん、やうやく金は出来た。今日納めて貰はう。訴訟の相手方から資金を出させて、それで利益を生ませて、その金を示談金に向けるなんざあ、一寸ない形式だね。実に骨が折れたよ。こんな仕事は俺だから出来るんだと云つてもいいよ。俺はいつも至誠で行く。赤裸々だ。掛引なんどを用ひない。示談は相互の利益なんだからねえ。」
しかし松村はおいそれとその金を受入れることが出来なかつた。白川が苦心談を聞いてゐるのさへ座に堪へない程であつた。と云ふのは代金の証書としては会社の手形で松村と、も一人奥田と云ふ松村の同僚の裏書が…