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![]() こういうきもち |
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作品ID | 4169 |
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著者 | 宮本 百合子 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「宮本百合子全集 第十八巻」 新日本出版社 1981(昭和56)年5月30日 |
初出 | 「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社、1981(昭和56)年5月30日 |
入力者 | 柴田卓治 |
校正者 | 磐余彦 |
公開 / 更新 | 2004-04-28 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 9 ページ(500字/頁で計算) |
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「――春になると埃っぽいな――今日風呂が立つかい」
「そうね、どうしようかと思ってるのよ、少し風が強いから」
「じゃあ一寸行って来よう」
「立ててもよくてよ」
「行って来る方が雑作ない」
愛が風呂場で石鹸箱をタウルに包んで居る間に、禎一は二階へ蟇口をとりに登った。彼は軈て、ドタドタ勢よく階子をかけ降りざま、玄関に出た。
「小銭がなあいよ」
愛は、
「偉い元気!」
と笑い乍ら、茶箪笥の横にあった筈の自分の銀貨入れをみつけた。覚え違いと見え、二三枚畳んで置いてあった新聞の間にも見当らない。下駄を穿き、
「まだかい」
とせき立てる。愛は戸棚の、小さい箱根細工の箱から、銀貨、白銅とりまぜて良人の拡げた掌の上にチリン、チリンと一つずつ落した。
「これがお風呂。これが三助。――これが――お土産」
禎一は、いい気持そうに髪の毛をしめらせ、程なく帰って来た。彼は、たっぷりした奇麗な桃を一束買って来た。
「まあ、いい花! まるで春らしい形恰ねこの桃――でも、お金足りたの? あれっぽっちで」
「十銭、花屋の爺さんに借金して来たのさ、夕方でも出たら忘れずに返してやっとくれ」
花好きの愛は、其を大きな赤絵の壺にさして椽側の籐卓子に飾った。外光に近く置かれると、ほんのり端々で紅らんだ白桃の花は、ことの外美しかった。彼等は平和に其を眺め乍ら茶をのんだ。
五時頃、晩の買物に出かけようとして、愛はやっと忘れて居た金入れのことを思い出した。先刻、せき立てられてそのままにして仕舞った新聞の間を、丁寧に調べた。――無い。直ぐわかるつもりで膝をついて居た彼女は、ちゃんと畳の上に坐り込んだ。更に念を入れて、茶箪笥の引出しまで見た。やはり無い。……
愛は、丸まっちい顔に困った表情を浮べた。彼女は、生れつき、決して行き届いた始末屋ではなかった。彼女が、ここに置いたと思い定めて居た細々したものが、ここにはなくて案外な隅っこで見つかることはこれ迄も珍しくなかった。愛は立ち上り乍ら
「どこだろう……」
と、自信のない独言をした。然し、確に昨夜、食事に小幡をこの部屋へ案内する前、雑誌や新聞をこの隅に重ねた時、間に、フランス鞣に真珠貝のボタンのついた四角い小銭入れが在った覚えがある。考え出そうと頭を傾げ乍ら戸棚の奥まで徒に探した愛は、急に何か思い当て嬉しそうに柔かい毛足袋の音を立てて二階に行った。禎一は、机に向って居る。愛は、
「私、一寸出かけて来てよ」
と云った。
「行っといで――さっきの借金忘れないように」
「――だから頂戴」
禎一は訝しそうに、愛の顔を見上げた。
「何を?」
「私の――」
「お前の? 何さ」
「ほんとによ」
愛は、極りのわるそうな顔で囁いた。
「これから放ぽり出してなんか置かないから、ね」
「何さ、わからないよ」
本当に、良人が何を云われて居るのか分らないのを知ると、愛には…