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又、家
また、いえ
作品ID4174
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十八巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年5月30日
初出「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社、1981(昭和56)年5月30日
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2004-04-28 / 2014-09-18
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 H町に近いのは、なかなか都合のよいこともある。仮令えば、何か急に客用のものを借りたい場合、病気で薬を頼みたい場合、決して調法でないことはない。が又、一方では、可成困ることがある。
 自分達が、久しぶりの休日か何かで、悠くり二人限りの時を楽しもうとして居る時、不意に小林さん(書生)が来て、奥様が一寸直ぐ来て呉れ、と仰云います、等と強制される時、又、仕事のある時、小さい妹や女中が、のんきにふざけに来る場合。後者のときは、まあ自分一人の迷惑ですむ。が、前のような場合は、自分として、二重に不快と遠慮とを感じずには居られない。もう一つには、Aが、女子学習院に専任になることにもなったので、正月(一九二二年)から、自分は、又新たな住居を探すことになった。
 片町からでは、単に往復するだけで、三時間余もかかる。雨の日、混雑の時、それ丈徒に神経を浪費することは決して彼の為によくない。余り精力家でないAが、不機嫌な蒼い顔をして、一日の働から戻って来るのを見るのは、良心的に堪らない。今度は、もう動かないつもりで、――大家が追い立てる迄は居る決心で――落付き場処を青山の中で見出そうと云うのである。
 H町に、引越したいと云う意志を洩したのは、もう久しい以前からのことである。
「それもよかろうよ。遠いものね」
 然し、いよいよその積りで家を見付けにかかると、少くとも母上は、ひどく淋しそうに見えた。不自由で困るだろう、元のようにそう小林さんをやるわけにも行かないから。私の方は一向構わないがね、などと云われる。
 彼女の心持は両端とも感じられた。けれども、それかと云って、此那ひどい処で我慢し、余分な疲労をさせては居られない。
 Aは、学校の門衛の巡査に心当りを注意して貰うことを頼んだ。自分は毎朝、食後、時事新報の広告欄を見る。時には、「嫁入度」などと云う活字の下を、驚と、好奇心と相半ばした心持で読みなどし乍ら、「貸家、赤坂見附近」と云うような文字でも見つかると、心をあつめて、間数や家賃を読むのである。
 始め、片町を見つける頃よりは、余程、貸家は出たらしい。一つは、あの頃の払底につけ込んで、郊外に少しでも土地を持って居る者は、ひどい苦面をしてでも、まるで小屋のような急造家屋を、矢鱈に並べた。当座こそは、いやでも他にないのだから仕方なく入った人も多くあったのだろう。然し、次第に調節がつき、物価が下落して来るにつれて、左様云う人々は、段々市内に戻って来たらしい。不便な処へ、盗難は保証されない。その上、可成、田舎らしくない金をとる家は、しめる、曲るで病気にもなりかねない。住む人に見すてられたような住宅は、目黒、上大崎辺に随分在ったらしい。広告などに出るようなのは、大抵地名を見ただけでも興味を持てない其近辺が多いのである。
 又暫く気を揉まなくてはなるまいとは、二人の覚悟したことであった。容易…

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