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道成寺(一幕劇)
どうじょうじ(ひとまくげき) |
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作品ID | 42146 |
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著者 | 郡 虎彦 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「日本の文学 78 名作集(二)」 中央公論社 1970(昭和45)年8月5日 |
入力者 | 土屋隆 |
校正者 | 小林繁雄 |
公開 / 更新 | 2005-12-09 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 31 ページ(500字/頁で計算) |
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人物
道成寺和尚 妙念
僧徒 妙信
僧徒 妙源
僧徒 妙海
誤ち求めて山に入りたる若僧
女鋳鐘師 依志子
三つの相に分ち顕われたる鬼女 清姫
今は昔、紀ノ国日高郡に道成寺と名づくる山寺ありしと伝うれど、およそ幾許の年日を距つるのころなるや知らず、情景はそのほとり不知の周域にもとむ。
僧徒らの衣形は、誤ち求めて山に入りたる若僧を除き、ことごとく蓬髪裸足にして僧衣汚れ黒みたれど、醜汚の観を与うるに遠きを分とす。
全曲にわたり動白はすべて誇張を嫌う。
場面
奥の方一面谷の底より這い上りし森のくらやみ、測り知らず年を経たるが、下手ようように梢低まり行きて、明月の深夜を象りたる空のあお色、すみかがやきて散らぼえるも見ゆ。上手四分の一がほどを占めて正面の石段により登りぬべき鐘楼聳え立ち、その角を過れる路はなお奥に上る。下手舞台のつくる一帯は谷に落ち行く森に臨み、奥の方に一路の降るべきが見えたり。下手の方、路の片隅によりて月色渦をなし、陰地には散斑なる蒼き光、木の間を洩れてゆらめき落つ。風の音時ありて怪しき潮のごとく、おののける樹々の梢を渡る。
第一段
誤ち求めて山に入りたる若僧と僧徒妙信とあり。若僧が上手鐘楼の角により奥の方を伺える間、妙信は物おじたる姿にて中辺に止まり、若僧のものいうをまつ。不安なる間。
若僧 (女人の美を具えたる少年、齢二十に余ることわずかなれば、新しき剃髪の相傷ましく、いまだ古びざる僧衣を纏い、珠数を下げ、草鞋を穿ちたり。奥の方を望みつつ)やっぱり和尚様でございます。ちょうどいま月の流れが本堂の表へ溢れるようにあたっているので、蒼い明るみの真中へうしろ向きに見えて出ました――恐ろしい蜘蛛でも這い上るように、一つ一つ段へつかまりながら――
妙信 (年齢六十に近く白髯を蓄え手には珠数を持てり。若僧のものいえる間ようよう上手に進み行きついに肩を並べつつ)今さっき本門の傍で呻いていると思ったが、いつのまにか上って来たのだな。ああして狂気の顔が、水に濡れたされこうべのように月の中へ浮んで、うろうろ四辺を振り向いた様子は、この世からの外道ともいおうばかりだ。
若僧 あ、――
妙信 あんなに跳り込んで、また本堂の片すみにつく這いながら、自分の邪婬は知らぬことのように邪婬の畜生のとわめくのがはじまろうわ。
若僧 もう呻くような声がきこえて参ります。
妙信 (必ずしも対者にもの言うがごとくならずして)だがとやかくいうものの今夜という今夜こそ、あのように乱れた心の中は蛇の巣でもあばいたように、数知れぬむごたらしい恐れがうごめいて、どんな思いをさせていようも知れぬことだ。
若僧 (妙信に向い)ほんとに悪蛇の怨霊というのは、今夜の内に上って来るのでございましょうか。
妙信 (若僧のもの問えるを知らざるがごとく、…