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![]() いこくさかなざつだん |
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作品ID | 42149 |
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著者 | 浜田 青陵 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「青陵随筆」 座右寶刊行會 1947(昭和22)年11月20日 |
初出 | 「洛味」1937(昭和12)年6月 |
入力者 | 鈴木厚司 |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2004-06-15 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 8 ページ(500字/頁で計算) |
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私は衣食住ともに無頓着の方で、殊に食べ物に就いてはデリケートの味感がないと見え、たゞ世間普通の意味での甘い物を食べさせられてさへ居ればよいのであつて、マヅイものを食はされても餘り文句は言はない方である。それで自分の家でも、子供達は却つて今日の飯は固いとか、柔か過ぎるとか小言を言つても、私だけは今日は強い飯の流義の家に逗つた日だ、今日は柔かい飯の好きな家庭の人となつたのだと諦めるのであり、お菜があまくてもからくても、やはり甘口の料理屋へ行つたと思ひ、辛口の料理法に出會はしたのだと思つて我慢をするから、細君や女中に向つては至極寛大に取扱ひ易く出來てゐる積りでゐるが、それでは折角料理に念を入れても一向張合がないと言はれた。成程さうかも知れぬ。何しろ斯う言ふ手合であるから、料理に關する事を「洛味」に書けと言はれても、一向持合せの材料がないので困つてしまふ。併し度々の御催促であるから、今日は異國で經驗した食物の話を少し思ひ出し、しぼり出して書いて見よう。
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朝鮮の扶餘へ行つた時、洛東江に産する川幸を色々と食べさせられた。中にも「カムルチ」と言ふ魚の刺身は、其の身が眞白で美くしく、頗る味覺をそゝつたが、何分洛東江の魚にはヂストマがゐると聞いてゐるので、此處では生ま物を食はぬ決心をして、同行の東伏見伯にも左樣に申して居たのであるが、星島家令が遂に其の禁を破られたので、若しも病氣になつたら星島君獨りでは氣の毒と、皆んな破戒無殘の身となつてしまつた。ムツチリとした味で、仲々他の魚には見られない味である。それから二年以上も經つて、誰れも發病せぬのですつかり安心をしてしまひ、昨年再び同地へ行つた時には自分で注文して之を賞味したことである。カムルチ[#「カムルチ」は底本では「カルムチ」]は蛇の樣な形をしてゐるとの事であるが、宿屋の主人の見せてくれた溌溂たる奴を見ると、成程多少はそれに似た不氣味な形をしてゐるのみならず、頗る獰猛な鬪魚の種類であつて、近年は京都附近の川にも少し繁殖してゐると言ふ。その後釜山の小學校から貰つた郷土讀本を見たら、其の習性が面白く書かれてゐた。伯爵も特に此の魚を珍らしく思はれたと見え、『寶雲』誌上に連載せられてゐる朝鮮美術行脚の標題をば、「加牟流知」とせられてゐるのである。
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一昨年平壤へ行つた時、黒板先生に誘はれて成川の書院を見に行つた。晝食を成川河畔の料亭でたべると、珍らしい魚が刺身にも燒肴にも出てゐるので、其の名を聞くと「セガレ」(?)と言ふ。その後滿洲國輯安縣の高句麗の古墳を調査する爲め、鴨緑江畔の滿浦鎭へ暫く滯在すると、殆ど毎日の樣に此の魚を食はされた。一寸オコゼにも似た形をしてゐるが、カムルチ的のムツチリした仲々捨て難い味を持ち、川魚と言ふよりも寧ろ海魚の味であ…