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ちょう
作品ID42169
著者正岡 子規
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆35 虫」 作品社
1985(昭和60)年9月25日
入力者門田裕志
校正者土屋隆
公開 / 更新2004-07-29 / 2014-09-18
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

のぼる
○空はうらゝかに風はあたゝかで、今日は天上に神様だちの舞踏会のあるといふ日の昼過、白い蝶と黄な蝶との二つが余念無く野辺に隠れんぼをして遊んで居る。今度は白い蝶の隠れる番で、白い蝶は百姓家の裏の卯の花垣根に干してある白布の上にちよいととまつて静まつて居ると、黄な蝶はそこらの隅々を探して、釣瓶の中や井の中を見たが何処にも居らんので稍失望した様子であつた。忽ち思ひついたかして彼方の垣の隅へ往て葵の花を上から下へ一々に覗いても矢張こゝにも居らんので、仕方無しにもとの井戸端に帰らうとして、ふと干し布の上の白い蝶を見つけた。「オヤいやだよ。こんな処に居たのだよト変な調子でいふたので、白い蝶は思はず笑ひ出した。「ほんとに可笑しいよ、お日様の照る処に居るのがきイちやんには見えないのだもの。さア早くお隠れよ。直に見ツけてあげるからト白い蝶はいふたので、黄な蝶も笑ひながら、あちらの木立を指して飛んで往た。暫くして白い蝶は後を追ふて産土神の鳥居迄来て、あたりを見廻して居ると向ふの木の間に、ちらと物影が見えたやうであつた。「屹度あの榎のうろの中へ隠れたんだよト独りつぶやきながら、榎の蔭迄来ると、羽音を静めて、あべこべにおどかしてやらうと思ふて、うろへはいるや否や、大きな声で、「とートいふた。すると、神鳴のやうな声で、「誰だよ、出し抜けに大きな声をしやアがるのはトいふのを見ると目に余るやうな山女郎であつた。白い蝶は肝を潰して真青になつて後も見ずに逃げ出したが、空を飛んでは追ひつかれると思ふて、成るたけ刺の多い草むらの間をくゞりくゞり逃げた。黄な蝶は薊の葉裏に隠れて居たが、白い蝶の事ありげにあわてゝ飛んで往くのを見て、後から追ひかけた。「オーイ/\トいふて呼ぶといよ/\あわてゝ逃げるやうなので、「あたいだよあたいだよト続け様に呼んだら、やう/\聞えたか後ふり向いて息をはづませて居る。「どうしたのだよトいふと、「なに、山女郎が追つかけると思ふてト前の一伍一什を話した。「それではあの化物榎なの。あんな処へあたいが隠れて居ると思ふたの。化物榎と聞いたばかりでも身の毛がよだつぢヤないかト黄な蝶は羽を震はしていふた。「だけれど、若しあんな処へ隠れて居ておどかす積りかも知れないと思ふてト少し落ちついた様子だ。やゝ暫し二つで何事か相談して居たが、終につれだちて、野中にある何がし様のお下屋敷の塀の内へ飛んではいつた。お下屋敷の牡丹畠にはおくれ咲の牡丹がところ/\に植ゑてある。向ふの方には舶来の草花らしいのが毒々しい色に咲いて、鉢栽のまゝいくつも片よせられて居る。今年はひイ様が御病気で、牡丹の盛りにもこちらへおいでが無いので、園は少し荒れたまゝ手入せずにある。留守居の人一人と門番の爺さん夫婦としか居らんのでお邸の内はしんと静まつて、丸で明家のやうだ。二つの蝶はこゝへ来ると案内知り顔にあちらの花こ…

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