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ラムプの影
ランプのかげ
作品ID42173
著者正岡 子規
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆73 火」 作品社
1988(昭和63)年11月25日
入力者門田裕志
校正者小林繁雄
公開 / 更新2003-09-19 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 病の牀に仰向に寐てつまらなさに天井を睨んで居ると天井板の木目が人の顔に見える。それは一つある節穴が人の眼のやうに見えてそのぐるりの木目が不思議に顔の輪郭を形づくつて居る。其顔が始終目について気になつていけないので、今度は右向に横に寐ると、襖にある雲形の模様が天狗の顔に見える。いかにもうるさいと思ふて其顔を心で打ち消して見ると、襖の下の隅にある水か何かのしみが又横顔の輪郭を成して居る。仕方が無いから試に左向きに寐て見るとガラスごしに上野の杉の森が見えて其森の隙間に向ふの空が透いて見える。其隙間の空が人の顔になつて居る。丁度画探しの画のやうで横顔が稍[#挿絵]逆さになつて見えるのは少し風変りの顔だ。再び仰向になつて、今度は顔の無い方の天井の隅を睨んで居ると、馬鹿に大きな顔が忽然と現れて来る。
 筒様に暗裏の鬼神を画き空中の楼閣を造るは平常の事であるが、ラムプの火影に顔が現れたのは今宵が始めてゞある。
 年の暮の事で今年も例のやうに忙しいので、まだ十三四日の日子を余して居るにも拘らず、新聞へ投書になつた新年の俳句を病牀で整理して居る。読む、点をつける。それ/\の題の下に分けて書く、草稿へ棒を引いて向ふへ投げやる。それから次の草稿へ移る。又読む、点をつける、水祝といふ題の処へ四五句書き抜く、草稿へ棒を引いて向ふへ投げやる。同じ事を繰り返して居る。夜は纔に更けそめてもう周囲は静まつてゐる。いくらか熱が出て居るやうでもあるが毎夜の事だからそれにも構はず仕事にかゝつて居る。けれども熱のある間は呼吸が迫るので仕事はちつともはかどらぬ。それのみでない蒲団の上に横になつて、右の肱をついて、左の手に原稿紙を持つて、書く時には原稿紙の方を動かして右の手の筆の尖へ持つて往てやるといふ次第だから、只でも一時間か二時間かやると肩が痛くなる。徹夜などした時は、仕事がすんでから右の手を伸ばさうとしても容易に伸ばす事が出来んやうになつてしまふ。今日も昼からつゞけざまに書いて居るので大分くたびれたから、筆を投げやつて、右の肱を蒲団の外へ突いて、頬杖をして、暫く休んだ。熱と草臥とで少しぼんやりとなつて、見るとも無く目を張つて見て居ると、ガラス障子の向ふに、我枕元にあるラムプの火の影が写つて居る。もつともガラスとラムプの距離は一間余りあるので火の影は揺れて稍[#挿絵]大きく見える。それを只見つめて居ると涙が出て来る。すると灯が二つに見える。けれどもガラスの疵の加減であるか、其二つの灯が離れて居ないで不規則に接続して見える。全くの無心で大きな火の影を見てゐると其火の中に俄に人の顔が現れた。
 見ると西洋の画に善くある、眼の丸い、くる/\した子供の顔であつた。それが忽ち変つて高帽の紳士となつた。もつとも帽の上部は見えて居らぬ。首から下も見えぬけれど何だか二重廻しを著て居るやうに思はれた。其顔が三たび変…

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