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心持について
こころもちについて
作品ID4218
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十八巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年5月30日
初出「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社、1981(昭和56)年5月30日
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2004-05-13 / 2014-09-18
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




     或瞬間(思い出)

 正午のサイレンが鳴ってよほど経つ
   少し空腹
 工事場でのこぎりの音
   せわしい技巧的ななめらかな小鳥のさえずり、いかにも籠の小鳥らしい美しさで鳴く
 とつぜん ガランガランと
   豆屋のベルの音がした。
 そして私は思い出した。刑務所の
 さむい朝と 夜とを、
   主として夜を
 その音が どっか遠くで順々にきこえ
 いつも最後に女舎で鳴り、机をたたんで床をしいたのを。
   今も宮がその音で床をしいているのを、
   彼の眉としまった 少しへの字にした口許とを

     Обара の気持

 何だか宙で一つぐるんとぶんまわって 自分の体の上下がわからなくなったような 自分のこの社会におけるあり場所がわからなくなった感じ。
 嘔気の出る感じ。

     夜ふけのローソク

 スエ子が、
 ふっとふき消した、のにベッドのシーツのところが一部分白く、硝子もあかるく見えている。月がさしているようで、雨の音がしているのに 思わず目を上へやって見る、すると黒い幕を下からスッと急に上げたように四辺が真暗くなる、もう何も見えない。その瞬間の錯綜と或美しさ。

     手紙の重み

 ヒョータン形の郵便の目方はかりではかりつつ
「実際こんな手紙に 六銭はんなけゃならないなんて 癪だわ」

     見て知らん振

 銀座 雨もよい weekday の午後一時すぎ むこうから特長のある石川湧の鳥打帽 タバコをふかしつつ コバルト色のコート 傘の若い女と並んで歩いて来る、女私の前を通すぎるとき 傘を傾けて顔をかくしてしまう 湧 煙草をふかし こっちを見、しかし 知らぬものを見ているように見て通りすぎてしまう。
 朝 ロク 洗面所で
「この頃 **人が 石川湧にフランス語を習ってるんだって」
「フーム」
「唯ケンを出てしまったんだってね 盛ニユイケンのわる口 云ってたそうだ」
「こわくなってやめたんだろう この頃狙われてるから」
「ナカナカ悧口だって云ってた」
「ふむ それがね どうも……」
 あの若い女のひとと彼とのこと
 その彼ときょうの女とのこと いろいろ

○彼女が身のまわりに持っている雰囲気の中には
 常にある爽やかさがあった。
それが生活の或時期では健康さと芸術に対する野心から
次の時期には単純であるが確信に満ちたガンばりから
そして最近それは度々の鍛練によって引しまりやきがはいり、ばねはつよく正確になって、落付きしかも一層澄みとおったような爽やかさとなって来たのを○子は感じた。



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