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初孫
ういまご
作品ID42206
著者国木田 独歩
文字遣い新字新仮名
底本 「武蔵野」 岩波文庫、岩波書店
1939(昭和14)年2月15日、1972(昭和47)年8月16日改版
初出「太平洋」1900(明治33)年12月
入力者土屋隆
校正者蒋龍
公開 / 更新2009-04-20 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 この度は貞夫に結構なる御品御贈り下されありがたく存じ候、お約束の写真ようよう昨日でき上がり候間二枚さし上げ申し候、内一枚は上田の姉に御届け下されたく候、ご覧のごとくますます肥え太りてもはや祖父様のお手には荷が少々勝ち過ぎるように相成り候、さればこのごろはただお膝の上にはい上がりてだだをこねおり候、この分にては小生が小供の時きき候と同じ昔噺を貞坊が聞き候ことも遠かるまじと思われ候、これを思えば悲しいともうれしいとも申しようなき感これありこれ必ず悲喜両方と存じ候、父上は何を申すも七十歳いかに強壮にましますとも百年のご寿命は望み難く、去年までは父上父上と申し上げ候を貞夫でき候て後われら夫妻がいつとなく祖父様とお呼び申すよう相成り候以来、父上ご自身も急に祖父様らしくなられ候て初孫あやしホクホク喜びたもうを見てはむしろ涙にござ候、しかし涙は不吉不吉、ご覧候えわれら一家のいかばかり楽しく暮らし候かを、父上母上及びわれら夫妻と貞夫の五人! 春霞たなびく野辺といえどもわが家ののどけさには及ぶまじく候
 ここに父上の祖父様らしくなられ候に引き換えて母上はますます元気よろしくことに近ごろは『ワッペウさん』というあだ名まで取られ候て、折り折り『おしゃべり』と衝突なされ候ことこれまた貞夫よりの事と思えばおかしく候、『おしゃべり』と申せば皆様すぐと小生の事に思し召され候わば大違いに候、妻のことに候、あの言葉少なき女が貞夫でき候て以来急に口数多く相成り近来はますますはげしく候、そしてそのおしゃべりの対手が貞夫というに至っては実に滑稽にござ候、先夜も次の間にて貞夫を相手に何かわからぬことを申しおり候間小生、さような事を言うとも小供にはわからぬ少し黙っていておくれと申し候ところ
『ソラごらん、坊やがやかましいことをお言いだから父様のご用のお邪魔になるとサ』
『坊やがやかましいのではないお前がしゃべるのだよ』
『オヤオヤ今度は母様がしかられましたよ、ね坊や父様が、「やかましッ」て、こわいことねえ、だから黙ってねんねおし』
「困るね、そんな事を言っても坊にゃわからないのだからお前さえ黙ればいいんだよ』
『貞坊や、坊やはお話がわからないとサ、「わかりますッ」てお言い、坊やわかりますよッて』
 右の始末に候間小生もついに『おしゃべり』のあだ名を与えてもはや彼の勝手に任しおり候
 おしゃべりはともかくも小供のためにあの仲のよい姑と嫁がどうして衝突を、と驚かれ候わんかなれど決してご心配には及ばず候、これには奇々妙々の理由あることにて、天保十四年生まれの母上の方が明治十二年生まれの妻よりも育児の上においてむしろ開化主義たり急進党なることこそその原因に候なれ、妻はご存じの田舎者にて当今の女学校に入学せしことなければ、育児学など申す学問いたせしにもあらず、言わば昔風の家に育ちしただの女が初めて子を持ちしま…

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