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海神に祈る
かいじんにいのる
作品ID42271
著者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「怪奇・伝奇時代小説選集3 新怪談集」 春陽文庫、春陽堂書店
1999(平成11)年12月20日
入力者Hiroshi_O
校正者noriko saito
公開 / 更新2004-10-18 / 2014-09-18
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

       一

 普請奉行の一木権兵衛は、一人の下僚を伴れて普請場を見まわっていた。それは室津港の開鑿工事場であった。海岸線が欠けた[#挿絵]の形をした土佐の東南端、俗にお鼻の名で呼ばれている室戸岬から半里の西の室戸に、古い港があって、寛文年間、土佐の経世家として知られている野中兼山が開修したが、港が小さくて漁船以外に出入することができないので、藩では延宝五年になって、其の東隣の室津へ新しく港を開設することになり、権兵衛を挙げて普請奉行にしたのであった。
 野中兼山の開修した室戸港と云うのは、土佐日記に、「十二日、雨ふらず(略)奈良志津より室戸につきぬ」と在る処で、紀貫之が十日あまりも舟がかりした港であるが、後にそれが室戸港の名で呼ばれ、今では津呂港の名で呼ばれている。兼山が其の室戸港を開修した時には、権兵衛は兼山の部下として兼山に代って其の工事監督をしていた。此の権兵衛は、土佐郡布師田の生れで、もと兼山の小姓であったが、兼山が藩のために各地に土木事業を興して、不毛の地を開墾したり疏水を通じたりする時には、いつも其の傍にいたので、しぜんと其の技術を習得したものであった。
 権兵衛は新港開設の命を請けると、まず浮津川の川尻から海中に向けて堰堤を築き、港の口に当る処には、木材を立て沙俵を沈めて、防波工事を施すとともに、内部を掘鑿して、東西二十七間南北四十二間、満潮時に一丈前後の水深が得られるように計画して、いよいよ工事に着手したところで、沙の細かな海岸へ強いて開設する港のことであるから、思うように工事がはかどらなかった。
 権兵衛は東側の堰堤を伝って突端の方へ往こうとしていた。その時五十二になる権兵衛の面長なきりっとした顔は、南の国の強い陽の光と潮風のために渋紙色に焦げて、胡麻塩になった髪も擦り切れて寡くなり、打裂羽織に義経袴、それで大小をさしていなかったら、土地の漁師と見さかいのつかないような容貌になっていた。
 それは延宝七年の春の二時すぎであった。前は一望さえぎる物もない藍碧の海で、其の海の彼方から寄せて来る波は、[#挿絵]どんと大きな音をして堰堤に衝突とともに、雪のような飛沫をあげていた。其処は左に室戸岬、右に行当岬の丘陵が突き出て一つの曲浦をなしていた。堰堤の内の半ば乾あがった赤濁った潮の中には、数百の人夫が散らばって、沙を掘り礁を砕いていたが、其のじゃりじゃりと云う沙を掘る音と、どっかんどかんと云う石を砕く音は、波の音とともに神経を掻きまぜた。また掘りあげた沙や砕いた礁の破片は陸へ運んでいたが、それが堰堤の上に蟻が物を運ぶように群れ続いていた。
 権兵衛は所有の烈しい気象を眉にあらわしていた。はかどらなかった難工事も稍緒に就いて、前年の暮一ぱいに港内の掘りさげが終ったので、最後の工事になっている岩礁を砕きにかかったところで、思いの外に岩質が硬くて…

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