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風呂供養の話
ふろくようのはなし
作品ID42280
著者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「怪奇・伝奇時代小説選集3 新怪談集」 春陽文庫、春陽堂書店
1999(平成11)年12月20日
入力者Hiroshi_O
校正者noriko saito
公開 / 更新2004-10-15 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 中国山脈といっても、播磨と但馬の国境になった谷あいの地に、世間から忘れられたような僅か十数戸の部落があったが、生業は云うまでもなく炭焼と猟師であった。
 それは明治十五六年比の秋のことであった。ある日、一人の旅僧が飄然とやって来て、勘右衛門という部落でも一番奥にある猟師の家の門口に立って、一夜の宿を乞うた。
 その日、亭主の勘右衛門は留守であったが、女房と娘が出て見ると、二十六七の如何にも温厚そうな眉目清秀の青年僧で、べつに怪しいところもないので、むさくるしい処でもお厭いなくばと云って泊めた。
 やがて、帰宅した亭主も旅僧を疑わず、其の夜は、旅僧から旅の話を聞いて珍らしがった。そして、翌日になったところで、生憎とどしゃぶりの雨になって、それがその翌日も続いたので、旅僧はしかたなく逗留することになったが、娘の千代は、日一日と旅僧になじんで往った。また一方、旅僧の方でも、千代の美しい姿にひきつけられているようであった。
 千代はまだ十六の少女であったが、その美貌と気だてのよさに、近在の青年たちの注視の的となっていた。
 そのうちに旅僧は、べつに先を急ぐ旅でもないから、どこか山の中に良い場所があるなら、庵を結んで、心静に修行したいといい出した。そして、毎日のように朝早くから家を出て夕方になって帰って来た。時として千代がその伴をして往くことがあった。
 ところで、いつの間にか勘右衛門の女房は、旅僧が数多の金を持っていることを知ったので、千代を利用してそれをまきあげようと思って、それを千代にいい含めたが、千代はてんで受けつけなかった。
 一方、勘右衛門は旅僧の素性や、所業に不審を抱くようになった。と云うのは、僧でありながらろくにお経を知らないのみか、身分不相応な金を持っていることであった。勘右衛門はそうした不審を抱くとともに、そんな男に、千代を慰み物にせられては大変だと云う懸念で、頭の中が一ぱいになった。
 その勘右衛門が某日、山をおりて村の居酒屋へ往ったところで、居酒屋へ来あわせていた知り合いから妙なことを聞かされた。それは、お前の家に逗留している旅僧は、お尋ねものであるまいか。何でも政治向のことで上方では騒動があって、謀叛を企てた一味の中には、殺人までしながら網をくぐって、西国へ逃げた者があるそうだ。もし、其の旅僧がそのうちの一人だとすると、早く警察へ突き出さなくてはならないと云うような事であった。
 勘右衛門はその時、女房が旅僧から金を貰い、そのうえ、千代を嫁にしたいと申し込まれていると云うことを聞かされた。勘右衛門の苦悶は絶頂に達したが、頭を痛めるのみでどうすることもできなかった。
 旅僧は潔癖で、風呂が好きであった。千代はいつも湯殿へいって背中を流したり、肩を揉んでやったりした。其の夜も旅僧は湯槽につかって、気もちよさそうに手拭で肩から胸のあたりを流してい…

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