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幽霊の衣裳
ゆうれいのいしょう
作品ID42283
著者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「怪奇・伝奇時代小説選集3 新怪談集」 春陽文庫、春陽堂書店
1999(平成11)年12月20日
入力者Hiroshi_O
校正者noriko saito
公開 / 更新2004-09-29 / 2014-09-18
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




 三代目尾上菊五郎は怪談劇の泰斗として知られていた。其の菊五郎は文化年代に、鶴谷南北の書きおろした『東海道四谷怪談』を木挽町の山村座で初めて上演した。其の時菊五郎はお岩と田宮の若党小平、及び塩谷浪人佐藤与茂七の三役を勤めたが、お岩と小平の幽霊は陰惨を極めたもので、当時の人気に投じて七月の中旬から九月まで上演を続けた。
 其の後天保になって菊五郎は、堺町の中村座の夏演戯で亦『四谷怪談』をやる事になり、新機軸を出すつもりで、幽霊の衣裳に就いて考案したが、良い考えが浮ばなかった。
 ちょうど其の時、中村座に関係していた蔦芳と云う独身者がいた。それは、演戯茶房蔦屋の主翁の芳兵衛と云う者であったが、放蕩のために失敗して、吉原角町河岸の潰れた女郎屋の空店を借りて住んでいた。
 蔦芳は中村座の開場が近くなったので、毎日吉原から通っていたが、某日浴衣が汗になったので、更衣するつもりで二階の昇口へ往ったところで、壮い男が梯子段へ腰をかけていた。蔦芳は自分にことわらないで、あがりこんでるのは何人だろうと思って見たが、夕方で微暗いのではっきり判らなかった。
「おい、おめえは何人だ、其処にいちゃ邪魔にならあ」
 気の強い蔦芳は、いきなり足で其の男を蹴っておいて二階へあがり、俳優のお仕着の浴衣を執って来たが、おりる時にはもう其の男は見えなかった。
 それから五六日して蔦芳は、亦彼の壮い男が便所の口に立っているのを見たので、其の日中村座へ往って其の事を話した。
 小屋の者はそれを菊五郎に話した。幽霊の衣裳を考案していた菊五郎は、早速蔦芳を自宅へ呼んで、今度出たら着附を良く見ておいて知らしてくれ、骨折賃を二両出そうと云った。其の時の二両は可成な金であるから、蔦芳は喜んで幽霊の出現を待っていた。
 すると中村座の初日の二日前の夜、其の幽霊が蔦芳の臥ている部屋へぬうと現れた。蔦芳はしめたと思って能く見た。二十四五の壮い男で、衣服は浅黄木綿の三つ柏の単衣であった。蔦芳は夜の明けるのを待ちかねて、菊五郎の許へ駆けつけた。菊五郎はそこで小平の衣裳を浅黄木綿石持の着附にして、其の演戯に出たので好評を博した。
 蔦芳の見た幽霊は、蔦芳が後で調べてみると、其処の女郎屋の壮佼であった。其の壮佼の徳蔵と云うのは、病気の親に送る金に困って客の金を一歩盗んだ。因業者で通っていた主翁は、それを突き出したので徳蔵は牢屋に入れられ、其のうちに病死したが、其の徳蔵が曳かれて往く時着ていた衣服は、店の妓がやった浅黄木綿三つ柏の単衣であった。
(悟道軒円玉氏談)



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