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ジエィン・エア
ジエィン・エア
副題01 解説
01 かいせつ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「第二期 世界文學全集(5) ジエィン・エア」 新潮社
1931(昭和6)年8月30日
入力者osawa
校正者みきた
公開 / 更新2018-03-31 / 2018-03-10
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 最初に、「ジエィン・エア」の意圖と特長を簡敍しよう。
「ジエィン・エア」は、十九世紀の半ば(一八四七)に出版せられて、英吉利の讀書界に、清新な亢奮と、溌剌とした興味を植ゑつけた名篇である。
 傳記に依れば、或る時、作者は、妹のエミリー(詩人作家)とアン(作家)に向つて、かく云つたといふ――
 ――一體小説の女主人公を、既定の事實として一列一體に美人に描くのは間違つたことだ、人道上から見ても、間違つたことだ。
 ――でも、女主人公は、美人でなければ、讀者の興味を牽かない。
 と妹達が答へた。
 ――そんな筈はない。わたしが、實地に、證明して見せてあげよう。
 さう云つて書いたのが、この「ジエィン・エア」だといふ。
 既に、出發點から、常套を脱してゐる。
 次に作者は、當時の英文壇に於ける第一流の批評家リュイスに與へた書簡の中で、この作品に對して作者のとつた態度を、かく説明してゐる――
 ――わたしは、自然と眞實とを、わたしの唯一の道しるべとして、その跡を辿つた。わたしは、空想を抑制し、浪漫を制限し、毒々しい粉飾を避け、たゞ、穩やかに、眞面目に、眞實であることをのみ念とした……
 この作者の態度が、作品に將來した結果は如何?
 作中の一節に、こんな意味の文句がある――
 ――女性は、淑やかにあるべきものと、一般に考へられてゐる。しかし、女性も、男性と同樣に「感じる」のである。女性も、男性と等しいだけの、才能と努力の活動世界を持たねばならぬ。女性を、たゞ、プディングを作つたり、靴下を編んだり、ピアノを彈いたりする世界にのみ閉ぢ込めて置かうとするのは、男性の偏見である。
 また、こんな言葉もある。
 ――わたしは、獨立の意志を持つた、自由な個人です。
 それから、また――
 ――もし、わたしが男なら、わたしは、地位や利益の爲にする結婚はしない。わたしは、たゞ、自分の愛する相手をのみ、妻として迎へるであらう。
 以上の數例のほか、作中、ロウトンの慈善學校の僞善を、深い洞察眼を以て、活寫してゆくあたり、所謂暴露小説の到底企及し得ぬ鋭さが見られる。
 ――あなたは、獨創的だ。あなたは、大膽だ。あなたの精神は活溌で、あなたの眸は、洞察する。
 さう、ロチスターが、ジエィンに云ふ。
 この言葉は、そのまゝ、作者に振り向けらるべきだ。
 果然、「ジエィン・エア」は、赤裸々な、舊套を脱した、奔放な、熱烈な、眞新しい言葉で綴られた物語として、讀書界に、センセイションの旋風を捲き起した。
 ――女性の尊嚴を、かくまでに高く揚示した物語は、未だ英吉利の文壇には存在しない。
 とある評家は云つた。
 ――この作者は、淑女らしくない言葉で、淑女らしくない物語を綴つた。これは良家の子女に讀ませてはならない本である。
 と或る人は批難した。
 また、ある評家は
 ――現實、深酷な、有意義な、…

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