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累物語
かさねものがたり
作品ID42318
著者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「怪奇・伝奇時代小説選集14 累物語 他十篇」 春陽文庫、春陽堂書店
2000(平成12)年11月20日
入力者Hiroshi_O
校正者noriko saito
公開 / 更新2005-09-02 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 承応二巳年八月十一日の黄昏のことであった。与右衛門夫婦は畑から帰っていた。二人はその日朝から曳いていた豆を数多背負っていた。与右衛門の前を歩いていた女房の累が足を止めて、機嫌悪そうな声で云った。
「わたしの荷は、重くてしようがない、すこし別けて持ってくれてもいいじゃないか」
 与右衛門はそれを聞くと、
「絹川の向うまで往ったら、皆、おれがいっしょにして、持ってやる、それまで我慢しな」
 と云った。そこは下総国岡田郡羽生村であった。
「そう、それじゃ」
 累は牛のようにのそのそと歩きだした。そして、絹川の土手にとりついた比には、[#挿絵]な樺色に燃えていた西の空が燻ったようになって、上流の方は微すらした霧がかかりどこかで馬の嘶く声がしていた。与右衛門は歩き歩き途の前後に注意していた。その与右衛門の眼には凄味があった。
 二人が淡竹の間の径を磧の方におりて土橋にかかったところで、与右衛門は不意に累の荷物に手をかけて突き飛ばした。累の体は一とたまりもなく河の中へ落ちて水煙を立てたが、背負っている豆があるのですぐ浮きあがって顔をあげた。それは醜い黒い顔であった。与右衛門はそれを見ると背負っていた豆を投げ捨てるなり、河の中へ飛び込んで悶掻きながら流れて往く累を荷物ぐるみ水の中へ突きこんだ。
 与右衛門はそうして累を殺し、あやまって河に落ちて死んだと云って、その死骸を背負うて家に帰り、隣の人の手を借りて旦那寺の法蔵寺の墓地に埋葬した。与右衛門は元貧しい百姓の伜で累の婿養子になったものであったが、累が醜いうえにやかましいので、それを亡くして他から[#挿絵]な女を後妻にもらおうと思って残忍にも累を殺したのであった。
 与右衛門は何人にも知られないで安やすと累を亡いものにしたので、後妻をもらうことにしたが、与右衛門の家には家についた田畑が多く従って家も豊かであるから後妻はすぐ見つかった。与右衛門は思うとおりになったので、秘に喜んでいると、その後妻はすぐ病気になって死んでしまった。
 与右衛門はそこで三人目の女房を迎えたが、その女房もすぐ病気で死んでしまった。残忍な与右衛門もこれには神経を悩ましたと思われるが、それでも好い女房をもらうために義理ある女房を殺すほどの男であるからそのままにはいなかった。彼は四人目の女房を迎え、五人目の女房を迎えたが、それもすぐ死んでしまって、六人目に迎えた女房だけは、すぐ死なないで女の子を生んだ。女の子にはお菊と云う名をつけた。
 与右衛門はそれでも女房のことを心配していたが、それは寛文十一年即ちお菊が十三の八月まで生きてその月の中旬に死んだ。与右衛門はもう年をとっていたし、女も大きいので養子をして隠居しようと思って、今度死んだ女房の甥の金五郎と云うのを養子にもらってお菊と夫婦にしたところで、翌年の正月の四日比からお菊が怪しい病気になり、二十三日…

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