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怪しき旅僧
あやしきたびそう
作品ID42321
著者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「日本怪談全集 Ⅱ」 桃源社
1974(昭和49)年7月5日
入力者Hiroshi_O
校正者大野裕
公開 / 更新2012-11-07 / 2014-09-16
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ――此の話は武蔵の川越領の中の三ノ町と云う処に起った話になっているが、此の粉本は支那の怪談であることはうけあいである。
 それは風の寒い夜のことであった。三ノ町の某農家の門口へ、一人の旅僧が来て雨戸を叩いて宿を乞うた。ところで農家ではもう寝ようとしているうえに、主翁は冷酷な男であったから初めは寝たふりをして返事をしなかったが、何時までたっても旅僧が去らないので、「もう寝たから、他へ往って頼むが好い」と、叱るように云った。
「そうでございましょうが、日が暮れて路がわからないうえに、足を痛めて、もう一足も歩けません、どうかお慈悲に庭の隅へなりと泊めてくださいまし」と、旅僧は疲れ切ったような声で云った。
 主翁は返事をしなかった。
「他へ往くと申しましても、暗くて路も判りませんし、足が痛くて一足も歩けませんから、どうぞお慈悲をねがいます……」と、旅僧は動かなかった。
 主翁はしかたなく慍り慍り起きて来た。
「……寝ておるからほかへ往けと云うに、強情な人じゃ」と、入口の戸を開けて暗い中から頭をだして、「其のかわり、被るものも喫うものも何もないよ」
「いや、もう、寝さしていただけばけっこうでございます」
 旅僧は土間へ入って手探りに笠を脱ぎ、草鞋を解いて上にあがった。消えかけた地炉の火の微に残っているのが室の真中に見えた。旅僧は其の傍へ往って坐ったが、主翁は何もかまってやらなかった。
「そんじゃ、おまえさんは其処で寝るが好い、私も寝る」と、主翁は其のまま次の室へ往こうとした。
「明りはありますまいか」と、旅僧は呼びとめるように云った。
「はじめに云ったとおり、何もないよ」
 主翁は邪慳に云って障子を荒あらしく締めて寝床の中へ入ったが、それでも幾等か気になるので枕頭の障子の破れから覗いた。
 と、地炉の火の光で頭だけ朦朧と見えていた旅僧の右の手は、其の時地炉の火の中へ延びて往った。明りが欲しいので火を掻き起しているだろうと思っていると、急に室の中が明るくなった。それは旅僧の右の手の指に、一本一本火が点いて燃えているところであった。主翁は恐れて気が遠くなるように感じた。彼は体を動かすこともできないでぶるぶる顫えながら覗いていた。
 奇怪な旅僧はやがて左の手で拳をこしらえて、それをいきなり一方の鼻の穴へ押し込んだが、みるみるそれが臂まで入ってしまった。そして、まもなくそれを抜いて鼻を窘めてくさみをするかと思うと、鼻の穴から二三寸ばかりある人形が、蝗の飛ぶようにひょいひょいと飛び出して、二三百ばかりも畳の上に並んだ。旅僧はこれを見て何か顎で合図をすると、其の人形は手に手に鍬を揮って室の中を耕しはじめた。そして、それが終ると何処からともなく水が来て、室の中は立派な水田になった。で、人形どもはそれに籾を蒔いた。籾はみるみる生えて、葉をつけ茎が延びて、白い粉のような花が咲き、実が…

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