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死人の手
しにんのて
作品ID42324
著者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「日本怪談全集 Ⅱ」 桃源社
1974(昭和49)年7月5日
入力者Hiroshi_O
校正者大野裕
公開 / 更新2012-11-11 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

此の話は、私が少年の時、隣家の老人から聞いた話であります。其の老人は、壮い時師匠について棒術を稽古しておりましたので、夏の夜など私に教えてくれると云って、渋染にした麻の帷子の両肌を脱いで、型を見せてくれました。ちっぽけな私は、老人の云うなりに、長い太い樫の棒を持って前へ出て、かちかちと老人の棒に当てました。棒は敵の頭と股間を狙って打ち込むのであります。
「もっと、力を入れて、もっと、力を入れて」
 と、老人は云いました。私が顔を真紅にして、一生懸命に打ち込んでまいりますと、
「そう、そう、そうだ」
 と、云って老人は褒めてくれました。そんな老人でありますから、旅行するには竹の中へ末込銃のすやを仕込んだ杖などを持って往きました。其の老人が某日物置の庭で、繩を綯いながら話してくれた話は、老人が己で知っている話か、それとも何か書物にでもあった話か其処は私には判りません。
 路は谷に沿うておりました。其の路を一人の旅人は、上へ上へと登りながら前の方を見ますと、円い膨らみのある山が重なっておりました。もう夕方で、微紅い陽が渓のむこう側に落ちかけておりました。山には秋が来て、路ばたの櫟や栃などの樹は、黄ろく色づいていて、風もないのにばらばらと降りかかりました。栗の毬彙がはじけて、樺色の実が路の上に落ちている処もありました。これが浅い山であったら、拾ってみる気にもなるでありましょうが、深い山の中で、それでさきを急ぐ旅でありますから、そんな物に眼をつける余裕はありません。どうかして、早く其の山を越して、むこうの村に着きたいと云う考えで、心が一ぱいになっておりました。
 旅人は疲れた足を休めずに、登り続けました。何時の間にか足もとで鳴っていた渓川の水の音が聞えなくなって、渓は遙の下の方になってしまいました。
 峠に近くなったところで、日が暮れて四辺が微暗くなりました。何と云う鳥であろう、けけけけと鋭い声で鳴きましたが、それが鳴きやむと其の後は寂然となりました。峠の上の方を見ますと、星が二つ三つ淋しそうに光っておりました。旅人は途方にくれましたが、後へ帰るにしても人家のある処へは、一里ばかりもありますので、暗い路を足探りに探って、上へ上へと登りました。
 五六町ばかり登ったところで、路が平坦になりましたから、もう峠となったなと思っておりますと、火の光が見えて家らしい物が眼に入りました。旅人は悦しくて踊り出したいような気になって、其処へ寄って往きました。
 狭い板葺の家の中に、主人らしい男が地炉に火を焚いておりました。旅人は縁前へ往って、
「むこうの村へ往く者でありますが、泊めていただくことはできますまいか」と云いました。
「ちょうど好い処へ来た、私はちょっと下の村まで往って来ねばならんから、留守居をしておくれ」と、主人が云いました。
 旅人は草鞋を解いて、簀子を敷いた縁側を跨い…

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