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白い花赤い茎
しろいはなあかいくき |
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作品ID | 42325 |
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著者 | 田中 貢太郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「日本怪談全集 Ⅱ」 桃源社 1974(昭和49)年7月5日 |
入力者 | Hiroshi_O |
校正者 | 大野裕 |
公開 / 更新 | 2012-11-17 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 12 ページ(500字/頁で計算) |
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何時の比のことであったか[#「あったか」は底本では「あつたか」]、高崎の観音山の麓に三人の小供を持った寡婦が住んでいた。それはある歳の暮であった。山の前の親戚の家に餅搗があって、其の手伝いに頼まれたので、小供を留守居にして置いて、朝早くから出かけることになった。
小供と云うのは、十三歳になる女の子と、八歳になる男の子と、それから五歳になる女の子であった。寡婦は家を出る時総領女に云った。
「お土産にお餅を貰って来るから、好く留守番をしといでよ」
「お母さん、自家のことは好いが、彼の山には鬼婆が出ると云いますから、日が暮れたなら、泊って来るが宜しゅうございますよ」と、総領女が云った。
「そうとも、そうとも、鬼婆が恐いから、つい日が暮れたら泊ってくるが、なるだけなら夕方に帰って来るよ」
寡婦はそれから男の子と末の子の頭を撫でながら云った。
「姉さんの云うことを好く聞いてたら、どっさりお餅を貰って来る、好く姉さんの云うことを聞いといでよ」
そして、寡婦は親戚の家へ往って、せっせと餅搗を手伝ったが、思うようにはかどらなかったために、やっと終って帰り準備をしていると日が暮れた。親戚の者は危険いからと云って止めたが、留守のことが心配になるうえに、小供が土産の餅を待っているので、それを悦ばしたいと思って、むりから帰りかけた。
夕月の光が雲の間から漏れていた。昼でさえあまり人の通らない観音山は、迷い易い小径しかついていないので、それに迷わないようにと、今日通って来たと思われる落葉の踏みひしがれたような路を、月の光に透して歩いた。
三町ばかりものぼったところで、随いて来た小径が尽きて、黄葉した雑木の茂りに突き当った。寡婦の心は周章てて来た。彼女は五六歩引返して、別の小径らしい物を見つけて、右の方に曲って[#「曲って」は底本では「曲つて」]往ったが、少し登るとまた木立に突き当った。彼女はますます周章てて後に引返したが、返している中に違った処に足を踏み入れていた。
……大変なことになってしまった。こんな山の中にまごまごしていたら、どんなことになるかも判らない、いっそ引返して朝になって帰ろうと思いだした。彼女は周章てて低い方へ低い方へとおりかけた。と、下の方から登って来た人影がちらと見えた。彼女は心をほっとさして立った。登って来た人影は直ぐ眼の前に来た。小作りな光沢の好い、何時もにこにこしているらしい老婆の顔が見えた。
「貴女は其処で何をなされております」と、其の老婆はにこにこしながら聞いた。
「路が判らないようになりましたから、後へ戻ろうとしてるところでございます」と寡婦は云った。
「何、此の路は、わけはありませんよ、いっしょにまいりましょう、お前さんは何方まで……」
「私は、直ぐ山のむこうまででございます」
「それでは私といっしょにいらっしゃい、私もむこうの在所まで…