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植物医師
しょくぶついし
作品ID42346
副題郷土喜劇
きょうどきげき
著者宮沢 賢治
文字遣い新字新仮名
底本 「銀河鉄道の夜」 新潮文庫、新潮社
1961(昭和36)年7月30日
入力者蒋龍
校正者土屋隆
公開 / 更新2004-07-30 / 2014-09-18
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

時  一九二〇年代
処  盛岡市郊外
人物 爾薩待 正  開業したての植物医師
ペンキ屋徒弟
農民 一
農民 二
農民 三
農民 四
農民 五
農民 六


幕あく。
粗末なバラック室、卓子二、一は顕微鏡を載せ一は客用、椅子二、爾薩待正 椅子に坐り心配そうに新聞を見て居る。立ってそわそわそこらを直したりする。
「今日はあ。」
「はぁい。」(爾薩待忙しく身づくろいする)
(ペンキ屋徒弟登場 看板を携える)
爾薩待「ああ、君か、出来たね。」
ペンキ屋(汗を拭きながら渡す)「あの、五円三十銭でございます。」
爾薩待「ああ、そうか。ずいぶん急がして済まなかったね。何せ今日から開業で、新聞にも広告したもんだからね。」
ペンキ屋「はあ、それでようございましょうか。」
爾薩待「ああ、いいとも、立派にできた。あのね、お金は月末まで待って呉れ給え。」
ペンキ屋「あのう、実はどちらさまにも現金に願ってございますので。」
爾薩待「いや、それはそうだろう。けれどもね、ぼくも茲でこうやって医者を開業してみれば、別に夜逃げをする訳でもないんだから、月末まで待ってくれたまえ。」
ペンキ屋「ええ、ですけれど、そう言いつかって来たんですから。」
爾薩待「まあ、いいさ。僕だって、とにかくこうやって病院をはじめれば、まあ、院長じゃないか。五円いくらぐらいきっと払うよ。そうしてくれ給え。」
ペンキ屋「だって、病院だって、人の病院でもないんでしょう。」
爾薩待「勿論さ。植物病院さ。いまはもう外国ならどこの町だって植物病院はあるさ。ここではぼくがはじめだけれど。」
ペンキ屋「だって現金でないと私帰って叱られますから。そんなら代金引替ということにねがいます。」
(すばやく看板を奪う)
爾薩待「君、君、そう頑固なこと言うんじゃないよ。実は僕も困ってるんだ。先月まではぼくは県庁の耕地整理の方へ出てたんだ。ところが部長と喧嘩してね、そいつをぶんなぐってやめてしまったんだ。商売をやるたって金もないしね、やっとその顕微鏡を友だちから借りてこの商売をはじめたんだ。同情してくれ給え。」
ペンキ屋「だって、そんな先月まで交通整理だかやっていて俄かに医者なんかできるんですか。」
爾薩待「交通整理じゃないよ。耕地整理だよ。けれどもそりぁ、医者とはちがわぁね。しかしね、百姓のことなんざ何とでもごまかせるもんだよ。ぼく、きっとうまくやるから、まあ置いとけよ。置いとけよ。」
(また取り返す)
ペンキ屋「そうですか。そいじゃ月末にはどうか間ちがいなく。困っちまうなあ。」
爾薩待「大丈夫さ。君を困らしぁしないよ。ありがとう、じゃ、さよなら。」
ペンキ屋徒弟退場。
「申し。」
爾薩待(居座いを直し身繕いする)「はあ。」
農民一(登場 枯れた陸稲をもっている)「稲の伯楽づのぁ、こっちだべすか。」
爾薩待「はあ、そうです。」
農民一「陸稲…

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