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或る忠告
あるちゅうこく |
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作品ID | 42356 |
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著者 | 太宰 治 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「もの思う葦」 新潮文庫、新潮社 1980(昭和55)年9月25日 |
入力者 | 蒋龍 |
校正者 | 今井忠夫 |
公開 / 更新 | 2004-07-08 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 2 ページ(500字/頁で計算) |
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「その作家の日常の生活が、そのまま作品にもあらわれて居ります。ごまかそうたって、それは出来ません。生活以上の作品は書けません。ふやけた生活をしていて、いい作品を書こうたって、それは無理です。
どうやら『文人』の仲間入り出来るようになったのが、そんなに嬉しいのかね。宗匠頭巾をかぶって、『どうも此頃の青年はテニヲハの使用が滅茶で恐れ入りやす。』などは、げろが出そうだ。どうやら『先生』と言われるようになったのが、そんなに嬉しいのかね。八卦見だって、先生と言われています。どうやら、世の中から名士の扱いを受けて、映画の試写やら相撲の招待をもらうのが、そんなに嬉しいのかね。此頃すこしはお金がはいるようになったそうだが、それが、そんなに嬉しいのかね。小説を書かなくたって名士の扱いを受ける道があったでしょう。殊にお金は、他にもうける手段は、いくらでもあったでしょうに。
立身出世かね。小説を書きはじめた時の、あの悲壮ぶった覚悟のほどは、どうなりました。
けちくさいよ。ばかに気取ってるじゃないか。それでも何か、書いたつもりでいるのかね。時評に依ると、お前の心境いよいよ澄み渡ったそうだね、あはは。家庭の幸福か。妻子のあるのは、お前ばかりじゃありませんよ。
図々しいねえ。此頃めっきり色が白くなったじゃないか。万葉を読んでいるんだってね。読者を、あんまり、だまさないで下さい。図に乗って、あんまり人をなめていると、みんなばらしてやりますよ。僕が知らないと思っているのですか。
責任が重いんだぜ。わからないかね。一日一日、責任が重くなっているんだぜ。もっと、まともに苦しもうよ。まともに生き切る努力をしようぜ。明日の生活の計画よりは、きょうの没我のパッションが大事です。戦地に行った人たちの事を考えろ。正直はいつの時代でも、美徳だと思います。ごまかそうたって、だめですよ。明日の立派な覚悟より、きょうの、つたない献身が、いま必要であります。お前たちの責任は重いぜ。」
と或る詩人が、私の家へ来て私に向って言いました。その人は、酒に酔ってはいませんでした。