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あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)
あとがき(『みやもとゆりこせんしゅう』だいじゅういっかん) |
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作品ID | 4241 |
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著者 | 宮本 百合子 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「宮本百合子全集 第十八巻」 新日本出版社 1981(昭和56)年5月30日 |
入力者 | 柴田卓治 |
校正者 | 磐余彦 |
公開 / 更新 | 2004-05-22 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 12 ページ(500字/頁で計算) |
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この集には「冬を越す蕾」につづいて一九三七年(昭和十二年)から一九四一年(昭和十六年)のはじめまでに執筆された文芸評論があつめられている。しかし、このまる三年間には、一ヵ年と四五ヵ月にわたる空白時代がはさまっている。一九三八年(昭和十三年)一月から翌る年のなかごろまで、作家では中野重治と宮本百合子が作品発表を禁じられたからであった。
また一九四一年(昭和十六年)にはいってからは、ほんの断片的な執筆しかなくて、それも前半期以後は全く途絶えてしまっているのは、一九四一年の一月から太平洋戦争を準備していた権力によってはげしい言論抑圧が進行し、宮本百合子の書いたものは、批判的であり、非協力的であるとして発表することが禁止されたからであった。一九四一年一月からはじまった第二回の執筆禁止は、一九四五年八月十五日、日本の侵略的な天皇制の軍事権力が無条件降伏をするまで、五年の間つづいた。
中断されたこの時期に、評論集としては、『昼夜随筆』(一九三七年)『明日への精神』(一九三九年)『文学の進路』(一九四〇年一月)などが出版されている。『文学の進路』のほかの二冊の評論集にも、文学についてのものがいくらかずつ収められていた。
この選集第十一巻には、四十二篇の文芸評論があつめられているが、特徴とするところは、これらの四十二篇のうち、二十七篇が、はじめてここに単行本としてまとめられたということである。久しい間、新聞や雑誌からの切りぬきのまま紙ばさみの間に保存されていたものが、はじめて本として生れ出ることとなった。
この評論集に書かれた内容、書かれざる内容をもたらしている八年の歳月は、プロレタリア文学運動が挫かれてのちの日本現代文学が、戦争の拡大と強行の政策に押しまくられて、爪先さがりにとめどもなく、ファシズムへの屈従に追いこまれて行った時代であった。歴史とともに前進する批判精神を失って沈滞した文化・文学の上に、さも何かの新しい発展的理論であるかのように精神総動員的な全体主義文化論が提唱されて来ていた。文学は、当時の軍人、官吏、実業家の中心問題をその中心課題とすべきだという「大人の文学論」(林房雄)。客観的には、批判の精神を否定して、「知らしむべからず、よらしむべし」の全体主義文化政策に知識人が屈従するための合理化となった「文化平衡論」(谷川徹三)。「文学の非力」(高見順)という悲しい諦めの心、或は、当時青野季吉によって鼓舞的に云われていた一つの理論「こんにちプロレタリア作家は、プロレタリア文学の根づよさに安んじて闊達自在の活動をする自信をもつべきである」という考えかたなどについて、作者は、ひとつ、ひとつ、そこにひそめられているファシズム文化政策への追随の危険をえぐり出そうとしている。
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