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道連
みちづれ |
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作品ID | 42431 |
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著者 | 豊島 与志雄 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「豊島与志雄著作集 第二巻(小説Ⅱ)」 未来社 1965(昭和40)年12月15日 |
初出 | 「中央公論」1924(大正13)年9月 |
入力者 | tatsuki |
校正者 | 小林繁雄、門田裕志 |
公開 / 更新 | 2007-12-23 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 38 ページ(500字/頁で計算) |
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君は夜道をしたことがあるかね。……なに、都会の夜道なら少しくらいって、馬鹿なことを云っちゃいけない。街灯が至る所に明るくともっていて、寝静まってるとは云え人間の息吹きが空気に籠っていて、酔っ払いや泥坊や警官や犬や猫などがうろついてる、都会の街路を夜更けに歩いたからって、それで夜道をしたと云えるものかね。僕の云うのは、そんななまやさしいんじゃない。見渡す限り山や野や畠ばかりで、何里という間人家もなく、猫の子一匹いないという、しいんとした淋しい片田舎の夜道を、たった一人でとぼとぼ歩くことなんだ。都会にばかりいる君なんかには分るまいが、田舎の夜ほどしいんとしたものはない。全く物音一つしないんだ。その上、闇の夜ときたら、それこそ鼻をつままれても分らないくらい真暗だし、月の夜ときたら、眼の届く限り煌々と見渡せるし、また星の夜には、空の星々が無気味にぎらぎら輝いてるんだ。そして何より恐ろしいのは、形あるもの、見馴れたもの、凡て人間に親しみを持ってるものが、すっかり影をひそめてしまって、形のない見馴れない奇怪なものが、しいんとした中にそこらにうろつき廻ってるという、ぞっとするような感じなんだ。……がまあそんな説明はどうでもいい。僕が実際に経験したことを少しばかり話してきかせよう。面白かったら聞くがいいし、面白くなかったら居眠りでもし給いな。どうせ君なんかには本当のところは分るまいから。……がまず、煙草でも一服吸ってからだ。
一
僕が高等小学校の一年の時だった。その頃は今のように、尋常小学が六年でその上に二ヶ年の高等科がついてるという、そんな制度ではなくて、尋常小学は四ヶ年だけで、その尋常小学を幾つか総括した上に、やはり四ヶ年の高等小学があった。で田舎では、尋常小学校は各村にあったが、高等小学校はごく少く、例えば一町六ヶ村に一つという風に、中心地の町にあるのだった。だから僕は、尋常小学を終えて高等小学にはいると、自分の家から一里の道をその町まで通わねばならなかった。その第一年目の秋のことだ。
学校で遠足があった。町から二里ばかり離れた山に……山と云っても七八百尺の山だが、それに登山をして、尾根伝いにも一つの山まで行って、それで帰ってくるのだったが、朝のうち深い霧で晴雨のほども分らなかったものだから、出発が二時間も遅れたし、山の上でぐずついてたりしたので、学校に帰って来た時はもう日が暮れていた。勿論初めから早く帰れるつもりではなかったらしい。帰りは遅くなるかも知れないから、近くの人はよろしいが、遠くの人は参加しなくともよい、しいて参加したいという者は、若し遅くなった場合には、町の親戚に泊ってゆくか、または学校に泊ってゆくか、それだけのことを両親と相談しておいでなさい、というようなことを前から云い渡されていた。随分乱暴な話ではあるが、昔の学校はそういう風な…