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死ね!
しね!
作品ID42459
著者豊島 与志雄
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第三巻(小説Ⅲ)」 未来社
1966(昭和41)年8月10日
初出「文芸」1934(昭和9)年6月
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2008-06-05 / 2014-09-21
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私と彼とは切っても切れない縁故があるのだが、逢うことはそう屡々ではない。私はいつもひどく忙しい。貧乏で、わき目もふらず働き続けなければ、飯が食えないのだ。ところが彼は、いつも隙だ。のんきに、夢想したり、歩き廻ったり、酒を飲んだりして、日を送っている。それかって、財産があるわけではない。私に金銭上の迷惑をかけたことも度々ある。「人の厄介になるよりは、なぜ自分で働かないんだ、」と私はいうのだけれど、彼はいつも平然と答える、「今に働くよ。」それが、口先だけのものではなくて、心の底から信じきっているらしい誠実さがこもってるので、私はつい、その「今に」を信ずることになる。だが、それは、いつまでも現在になることがなく、先へ先へと延期されていく。太陽を背中にした時の影法師みたいなものだ。進むだけ先へ進む。然し彼は、それをむりに追い捕えようともしない。そしてのんきに、ぶらぶらしている。どうやりくりしているのか、苦労の影さえない。それがどうも私には不思議だ。だけど、彼のその秘密にばかり関わってるほどの余裕は、私にはない。私は日々のパンのために忙しいのだ。そして忙しい者と隙な者とは、そう屡々逢えないものらしい。機会のくいちがいといったようなものがあるのだろう。
 ところが、或る晩、彼に不思議なところで出逢った。
 私はいくら忙しいといっても、毎日朝から晩まで働きづめでいるわけではない。そんなことは人間として出来るものではない。たまには肉体的息ぬき、精神的保養も、必要である。そんな意味で、ばかげた酒を飲んで、すっかり酔った。風がなく、なま暖く、空はぼんやり霞んでいそうな気配。外を歩いていると、家の中にはいるのが息苦しく思われるような晩だ。こんな時には、病院ではきっと誰かが死ぬ。
 薄暗い横町の角のところに、下水工事の掘り返されてるのがあって、街路の片側に、コンクリートで出来てる大きな土管が転っていた。ばかに大きくて丸い。私はそれに気を惹かれて、ステッキの先でつついていった。ただコツコツと、岩石をつきあてるようなものだ。感心してなおコツコツやっていると、尖端の穴から、ぬっと男が出て来た。それが、彼だった。暖いのに、まだ冬のマントを着ていた。その長髪はばさばさして艶がなく、蒼ざめた頬へ疲労性の熱が浮いていて、瞳が据っていた。彼は私を見てとると、手に持っていた帽子を土管の上に投りつけた。怒っているようだった。
「何をしているんだ。」
 私は呆れた。
「君こそ何をしていたんだ。」
 彼はそれには答えないで、帽子を拾って頭にのせてから、私の方をじっと眺めた。私は軽蔑されるのを感じて、眼を伏せた。すると彼は私の腕をとって歩き出した。
「僕は面白いことを発見した。」と彼は話し初めた。「もうとてもいけないと思って、千代子にそう云うと……。」
 その、もうとてもいけないというのが、私から見れば、…

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