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![]() おんなとぼうし |
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作品ID | 42468 |
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副題 | ――「小悪魔の記録」―― ――「こあくまのきろく」―― |
著者 | 豊島 与志雄 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「豊島与志雄著作集 第三巻(小説Ⅲ)」 未来社 1966(昭和41)年8月10日 |
初出 | 「中央公論」1938(昭和13)年5月 |
入力者 | tatsuki |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2008-05-30 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 34 ページ(500字/頁で計算) |
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一
今村はまた時計を眺めて、七時に三十分ばかり間があることを見ると、珈琲をも一杯あつらえておいて、煙草をふかし始めた。卓子に片肱をついて、掌で[#挿絵]を支えながら、時々瞼をとじては、何かぴくりとしたように見開いている。もうこうなったら、俺のものだ。然し、最後になおちょっと元気をつけておいてやる必要もあるし、心窩のあたりを擽ってやりたくもなったので――眠いんですか、それとも、瞼が重たいんですか。どっちにしても同じことだが、しっかりなさいよ。あなたのその、薄茶色の帽子がま新らしく、へんにしゃちこばってるのに対して、大島の着物も羽織も、折目がくずれてだらりとしてる、それだからといって、あなた自身、ちぐはぐじゃいけませんよ。何をびくりびくりしているんです?
じっと、そこに腰掛けておればいいんです。死人のように、ぐったりと、身体をもたせかけておけばいいんです。一昨日からのこと、私も少々呆れたくらいだ、あなたも相当なもんでしたよ。いくらか疲れたでしょうね。瞼がはれ上り、顔がむくんでいて、血の気がなくて総毛だっています。目玉も底が濁っています。顔全体が、表皮の一重下に、蝋でもぬりこんだようですよ。然し、それで思い通りじゃありませんか。実際、あなたの計画には私も驚嘆しましたね。
ほんとは、波江さんに惚れてたんじゃありませんか。いい加減に白状なさいよ。え、よく分らないって、それだから、その煮えきらないところが、嫌んなっちゃうというんですよ。私が筋途立てて説明してあげましょうか。
はっきり云いますよ。波江さんは福岡の料理屋の娘だ。だからそのお父さんは料理屋の主人だ。その料理屋の主人が政治に頭をつっこんで、市会議員になり、更に代議士になろうとの野心を起した。そのため大変金がいる。そこへ、金持の黒川さんが、娘の波江さんにひっかかってきた。波江さんのお父さんに異議のあろう筈はない。波江さんは、無理に、だかどうだか分らないが、とうとう口説き落されて、二十も年齢のちがう黒川さんのところに、而も後妻に、嫁にいった。するうちに、黒川さんの放蕩は次第に露骨になってくる、実家は政治関係の負担で、破産に近い状態となり、黒川さんにも可なりの迷惑をかける。そんなこんなで、波江さんは福岡から東京に出奔してきた。東京に叔母さんがいた。二人して、日本橋の裏通りに小料理屋をはじめた。初めはどうにかいっていたが、叔母さんが死んだりして、其後店もうまくいかない。もう三十にもま近くなっている。そこで平賀さんから、うやむやのうちに、補助を受け、世話を受ける、というようなことになってしまった。それだけのことで、別に不思議はありませんやね。
表面だけを辿れば、世間のこと万事、不思議はありませんが、裏面に、へんてこな心理の綾ってものがあるんですね。先年、あなたが郷里の福岡に帰った時、波江さんと、母を…