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かげ
作品ID42482
著者豊島 与志雄
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」 未来社
1967(昭和42)年11月10日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2006-01-16 / 2014-09-18
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 叔父達が新らしい家へ移転してすぐに、叔父は或る公務を帯びて、二ヶ月ばかり朝鮮の方へ旅することになりました。勿論この旅行は前から分っていましたが、その出発の間際に、前々から探していた適当な貸家が見当ったので、慌しく其処へ引越して、まだ荷物もよく片付かない三日目の朝、叔父は特急の列車で朝鮮へ出発しました。そして新らしい家の中には、叔母と八歳になる千代子と、五歳になる繁と、顔の真円い女中とが、ごたごたしてる荷物と一緒に残されたのです。
 その頃私は、本郷に下宿して高等学校に通っていました。叔父一家の引越の時は、その高輪の家へ、夕方から夜の十時頃まで手伝いに行きました。実は泊りがけで学校も休んで手伝いたかったのですが、私用のために学校を休ましては国の御父さんに済まないと、厳格な叔父が命令的に云うものですから、それに従っていました。所が叔父の出発の日は、暗黙の許可で学校を休んで、品川駅まで見送りをして、それから叔母達と一緒に高輪の家へ帰りました。何しろ叔父の旅の方の用事が多かったものですから、家の中はまだちっとも片附いていませんでした。それで、半ばは私の方から願い、半ばは叔母の方から願う形で、私は二三日学校を休んで手伝ってゆくことにしました。はっきりした口実の下に公然と学校を休んで、好きな叔母と無駄話などしながら、のらくらと家具なんかを弄って、そして晩にはうまい御馳走になり、おまけにいくらかの――学生の身には可なり有難い額の――小遣を貰う日当があるんですから、実にいい機会だったのです。
 所が叔母の方にも、単に私から手伝って貰うということ以外に、私を引止めたい他の理由があったらしいのです。「この家をどう思いますか、」と尋ねておいてから、こんなことを云い出したのです。
「日当りのよい割合に、何だか陰気な変な家ですよ。妙に息苦しい気がして夜中に眼を覚すと、それから頭のしんが冴えて、どうしても寝つかれません。そんなことが、引越してきた翌晩――一昨日の晩も、昨晩も、あったのですよ。」
 私は叔母の蒼白い顔を眺めながら答えました。
「それは引越に疲れたせいでしょう。」
 けれども心の中ではこう考えました。「この呑気な叔母も案外神経質だな。親しみのない新らしい家と、良人の旅行とのために、神経が興奮してるんだな。」
 けれども私達は、そんなことにこだわってはおられませんでした。前の家とはすっかり間取の模様が違っていましたので、家具を据付けたりなんかするのにも、何度かやり直してみなければ気が済みませんでした。それに道具好の叔父なものですから、いろんな品物がごたごたしていて、なかなかうまく治りがつきませんでした。その上、障子を張り替えたり、庭に盆裁を並べたり、いろんな用がありました。
 そんなことを隙にあかしてゆっくりやってるうちに、いつのまにか夕方になりましたので、また明日のことだ…

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