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樹を愛する心
きをあいするこころ |
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作品ID | 42508 |
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著者 | 豊島 与志雄 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」 未来社 1967(昭和42)年11月10日 |
入力者 | tatsuki |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2006-05-25 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 6 ページ(500字/頁で計算) |
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庭の中に、桃の木があった。径五寸ばかりの古木で、植木屋が下枝を払ってしまったので、曲りくねった風雅な一本の幹だけが、空間に肌をさらしていた。だが、その上方、若枝の成長はすばらしかった。強く、盛んに、爆発めいた勢で、枝葉が四方へ伸びた。沢山の実がなった。その精力と重みとは、それを支える古い幹には、堪え難そうに思われた。
危い! と私は思った。
――少し刈りこんであげようか?
桃の木はその重い頭を、平然と振っている。強い風には急に、弱い風にはゆるやかに、頭を振っている。
――刈りこんであげよう。
桃の木はやはり頭を振っている。
それを、躑躅や山吹や薔薇や荻などは、不安そうに見上げていた。殊に金魚や水蓮などは、一種の恐怖を以て見上げていた。
だが、桃の木はやはり平然と頭を振っていた。
その頭の茂みの中には、金色の蝿が飛んでいる。蜜蜂が羽音を立てている。朝は小鳥が戯れ、夕は蝶が休らっている。
家族揃って夏の旅に出かける時、私はいつも留守の者に云い残した。
――あの桃の木は危いから、気をつけておいてくれ。
旅から帰ってくると、桃の木は昂然と頭をもたげていた。――桃の葉の汁はアセモの薬だというので、子供のある近所の人たちが、その枝葉を貰いに来て、程よく刈りこまれていた。実にはよく虫がつくので、留守の者が順々にもいで食べていた。残ってる幾つかの大きな実、それを食べるのが、帰宅した私たちの第一の楽しみだった。街で売ってる水蜜桃ほど甘味はないが、それよりも遙にすぐれた新鮮さと甘酸味とがあった。
枝葉の茂みが刈り透かされ、実がもぎ取られて、すっきりした桃の木は、やがて庭半分にその葉をまき散らした。低い樹木や金魚や水蓮は、晩秋の日ざしを仰ぎながら、安心したように桃の木を眺めた。
だが、冬を越して、春になり夏になると、挑の木はやはり凡てのものの不安の種となった。そして自らは、やはり平然と頭を振っていた。その古木に、何と驚異的な精力ぞ!
それが一昨年の秋、少し早めに葉を散らした。そして昨年の春、二三の小枝を出したきりで、その小枝も、やがて萎縮して淋しい裸形の姿になってしまった。
庭の灌木や金魚や水蓮は、真夏の光の中に沈黙した。私は両腕を組んで黙然と庭の中を歩き廻った。――妻が病気で、五月には病院のベッドに横たわっていた。平素から病身で弱いのに、気分だけ張りきって万事を一人で引受けていて、いつも倒れるまでは平然と笑ってる彼女だった。
八月の或る夕方、桃の幹を、地上一間半ぐらいのところで、私は鋸で切った。その辺はまだ生きていそうで、芽を出しはすまいかと思ったのである。が、幹はすっかり枯れていた。
八月の末、妻は病院で安らかに永眠した。
其後、彼女の写真を調べていると、庭の桃の木によりかかって立ってるのと、その根本に屈んでるのと、二つのものが、私の心を…