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赤とんぼ
あかとんぼ
作品ID4253
著者新美 南吉
文字遣い新字新仮名
底本 「ごんぎつね 新美南吉童話作品集1」 てのり文庫、大日本図書
1988(昭和63)年7月8日
入力者もりみつじゅんじ
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2003-06-24 / 2014-09-17
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 赤とんぼは、三回ほど空をまわって、いつも休む一本の垣根の竹の上に、チョイととまりました。
 山里の昼は静かです。
 そして、初夏の山里は、真実に緑につつまれています。
 赤とんぼは、クルリと眼玉を転じました。
 赤とんぼの休んでいる竹には、朝顔のつるがまきついています。昨年の夏、この別荘の主人が植えていった朝顔の結んだ実が、また生えたんだろう――と赤とんぼは思いました。
 今はこの家には誰もいないので、雨戸が淋しくしまっています。
 赤とんぼは、ツイと竹の先からからだを離して、高い空に舞い上がりました。

 三四人の人が、こっちへやって来ます。
 赤とんぼは、さっきの竹にまたとまって、じっと近づいて来る人々を見ていました。
 一番最初にかけて来たのは、赤いリボンの帽子をかぶったかあいいおじょうちゃんでした。それから、おじょうちゃんのお母さん、荷物をドッサリ持った書生さん――と、こう三人です。
 赤とんぼは、かあいいおじょうちゃんの赤いリボンにとまってみたくなりました。
 でも、おじょうちゃんが怒るとこわいな――と、赤とんぼは頭をかたげました。
 けど、とうとう、おじょうちゃんが前へ来たとき、赤とんぼは、おじょうちゃんの赤いリボンに飛びうつりました。
「あッ、おじょうさん、帽子に赤とんぼがとまりましたよ。」と、書生さんがさけびました。
 赤とんぼは、今におじょうちゃんの手が、自分をつかまえに来やしないかと思って、すぐ飛ぶ用意をしました。
 しかし、おじょうちゃんは、赤とんぼをつかまえようともせず、
「まア、あたしの帽子に! うれしいわ!」といって、うれしさに跳び上がりました。
 つばくらが、風のようにかけて行きます。

 かあいいおじょうちゃんは、今まで空家だったその家に住みこみました。もちろん、お母さんや書生さんもいっしょです。
 赤とんぼは、今日も空をまわっています。
 夕陽が、その羽をいっそう赤くしています。
「とんぼとんぼ
 赤とんぼ
 すすきの中は
 あぶないよ」
 あどけない声で、こんな歌をうたっているのが、聞こえて来ました。
 赤とんぼは、あのおじょうちゃんだろうと思って、そのまま、声のする方へ飛んで行きました。
 思った通り、うたってるのは、あのおじょうちゃんでした。
 おじょうちゃんは、庭で行水をしながら、一人うたってたのです。
 赤とんぼが、頭の上へ来ると、おじょうちゃんは、持ってたおもちゃの金魚をにぎったまま、
「あたしの赤とんぼ!」とさけんで、両手を高くさし上げました。
 赤とんぼは、とても愉快です。
 書生さんが、シャボンを持ってやって来ました。
「おじょうさん、背中を洗いましょうか?」
「いや――」
「だって――」
「いや! いや! お母さんでなくっちゃ――」
「困ったおじょうさん。」
 書生さんは、頭をかきながら歩き出しましたが…

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