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ヒロシマの声
ヒロシマのこえ |
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作品ID | 42586 |
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著者 | 豊島 与志雄 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」 未来社 1967(昭和42)年11月10日 |
入力者 | tatsuki |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2006-08-06 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 8 ページ(500字/頁で計算) |
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一九四五年八月六日午前八時十五分、広島市中央部の上空に世界最初の原子爆弾が炸裂してから、四年数ヶ月になる。而も今になお、その被害の生々しい痕跡が市内の至る所に残っている。
眼がくらむ閃光、強烈な熱線と放射線、狂猛な爆風……。中空には、巨大な松茸形に渦巻き昇る噴煙、地上には、荒れ狂う火炎……。それが当時の状況で、一瞬のうちに、爆心地から半径約二キロに及ぶ四方を廃墟と化したのだ。
爆心地から五百メートルばかりの所に、大阪銀行支店がある。その正面入口の石段の片隅に、簡単な木柵がめぐらされている。覗いてみると、そこに、ありありと、人影が見られる。
当時、住友銀行といっていたその建物の、入口の石段の片隅に、一人の人間が腰掛けて、恐らくは片肱を膝について頬杖をし、なにか物思いに沈んでいたらしい。そこへ、原爆炸裂の閃光がパッと来た。その人は即死だったろう。然しその影が、石段に刻印された。
石段は花崗岩で出来ている。主成分の石英や長石の白色部分は、閃光を反射すること多く、雲母の黒色部分は、閃光を多く吸収して溶解し、そのため、花崗岩の表面は洗われたように白ずむ。この現象は多くの墓石などにも見られるし、或いは石の表面が剥離してるのもある。前記銀行の石段は雲母が熔解して白ずんだが、人影のところだけ旧態を保った。一瞬の間のことだ。
その黒ずんだ人影は、今もそこに腰掛けて、物思いに沈んでいる。何を考えているのか、などとセンチメンタルなことは言うまい。ただ、その人影を見ていると、こちらの胸に熱い思いが湧き上ってくる。――「もうこんなことはたくさんだ! もうこんな戦争はたくさんだ! 僕の影が、君の影が、多くの人たちの影が、花崗岩の表面に刻印されるようなことは、もう御免だ!」
石の面や壁の面に人の姿が刻印されているのが、当時はいくつも見られて、怪談さえ生れた。現に、ガス会社のタンクには、それを囲む鉄枠の影が、爆心地の方面に濃く刻みつけられている。中央公民館に聚集されている屋根瓦は、いろいろの程度に、表面が溶解して熔岩様を呈している。
原爆炸裂時の熱線が如何に高熱なものであったかは、想像に余りある。長崎の爆弾は更に強力なもので、爆心地付近の屋根瓦の溶解度は、広島のよりも甚しい。広島の比治山には、アメリカの施設による原爆被害調査機関のA・B・C・Cがあるが、機密に属することは固より吾々には分らない。
熱線と共に来る放射線が恐ろしい。広島の赤十字病院には、当時、X光線用の乾板が鉛のケースに収められて地下室にあったが、それがみな原位置のまま感光していた。
この放射線は、生きのびた人々をも多数、所謂原爆症で殺した。無傷な人々までが不思議な死に方をした。嘔気、頭痛、下痢、発熱……次で、脱毛、下痢、高熱……次で、粘膜出血、白血球減少……。火傷の痕はみなケロイド状で、皮膚が盛り上ってゴ…