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ジャン・クリストフ
ジャン・クリストフ
作品ID42593
副題06 第四巻 反抗
06 だいよんかん はんこう
原題JEAN-CHRISTOPHE
著者ロラン ロマン
翻訳者豊島 与志雄
文字遣い新字新仮名
底本 「ジャン・クリストフ(二)」 岩波文庫、岩波書店
1986(昭和61)年7月16日
入力者tatsuki
校正者伊藤時也
公開 / 更新2008-03-09 / 2014-09-21
長さの目安約 493 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     序


 ジャン・クリストフの多少激越なる批評的性格は、相次いで各派の読者に、しばしばその気色を寄せしむるの恐れあることと思うから、予はその物語の新たなる局面に入るに当たって、予が諸友およびジャン・クリストフの諸友に願うが、吾人の批判を決定的のものとみなさないでいただきたい。吾人の思想のおのおのは、吾人の生涯の一瞬間にすぎない。もし生きるということが、おのれの誤謬を正し、おのれの偏見を征服し、おのれの思想と心とを日々に拡大する、というためでないならば、それは吾人になんの役にたとう? 待たれよ! たとい吾人に謬見あろうとも、しばらく許されよ。吾人はみずから謬見あるべきを知っている。そしておのれの誤謬を認むる時には、諸君よりもさらに苛酷にそれをとがむるであろう。日々に吾人は、多少なりとさらに真理に近づかんと努めている。吾人が終末に達する時、諸君は吾人の努力の価値を判断せらるるであろう。古き諺の言うとおり、「死は一生を讃め、夕は一日を讃む。」
   一九〇六年十一月
ロマン・ローラン
[#改丁]

     一 流沙


 自由!……他人にも自分自身にもとらわれない自由! 一年この方彼をからめていた情熱の網が、にわかに断ち切れたのであった。いかにしてか? それは彼に少しもわからなかった。網の目は彼の生の圧力をささえることができなかった。強健なる性格が、昨日の枯死した包皮を、呼吸を妨ぐる古い魂を、荒々しく裂き捨てる、生長の発作の一つであった。
 クリストフは何が起こったのかよくわからずに、ただ胸いっぱいに呼吸した。ゴットフリートを見送ってもどって来ると、氷のような朔風が、町の大門に吹き込んで渦巻いていた。人は皆その強風に向かって頭を下げていた。出勤の途にある工女らは、裳衣に吹き込む風と腹だたしげに争っていた。鼻と頬とを真赤にし、腹だたしい様子で、ちょっと立ち止まっては息をついていた。今にも泣き出しそうにしていた。クリストフは喜んで笑っていた。彼は嵐のことを考えてはいなかった。他の嵐のことを、今のがれて来たばかりの嵐のことを考えていた。彼は冬の空を、雪に包まれた町を、苦闘しつつ通ってゆく人々を、ながめまわした。自分のまわりを、自分のうちを、見回した。もはや何かに彼をつないでるものはなかった。彼はただ一人であった。……ただ一人! ただ一人であることは、自分が自分のものであることは、いかにうれしいことだろう。つながれていた鎖を、思い出の苦痛を、愛する面影や嫌悪すべき面影の幻を、のがれてしまったことは、いかにうれしいことだろう。ついに生きぬき、生の餌食とならず、生の主人となることは、いかにうれしいことだろう!
 彼は雪で真白くなって家に帰った。犬のように愉快げに身を揺った。廊下を掃いていた母のそばを通りかかると、あたかも子供にでも言うように、愛情のこもった舌ったる…

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