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死刑囚最後の日解説
しけいしゅうさいごのひかいせつ
作品ID42611
著者豊島 与志雄
文字遣い新字新仮名
底本 「死刑囚最後の日」 岩波書店
1950(昭和25)年1月30日、1982(昭和57)年6月16日改版
入力者tatsuki
校正者川山隆
公開 / 更新2008-06-27 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

『死刑囚最後の日』Le dernier jour d'un condamn[#挿絵]は、ヴィクトル・ユーゴー(Victor Hugo)の一八二九年の作である。作者は数え年で二十八歳、元気溌剌たる時であって、既に詩集二冊と戯曲『クロムウェル』とを発表して、ロマンチック運動の先頭に立ち、翌三〇年には、戯曲『エルナニ』の公演を機縁とするロマンチック運動の勝利をもたらし、その後あいついで、多くの詩集や戯曲や小説を発表する前途をもっていた。
 彼は『死刑囚最後の日』に自分の名前をつけず、無名の者の作として発表した。このことについては、その後一八三二年に彼が公然と仮面をぬいで書いている長い序文を、ここに訳出しておいたから、あらためて何も言う必要はなかろう。この作品が発表された当時、政治や道徳や文学などの見地から、いかに多くの反響を、そして物議を、まきおこしたかは、作者自身が一八三二年に書いている『ある悲劇についての喜劇』という小篇によっても、ほぼ推察することができる。
 この『ある悲劇についての喜劇』は、『死刑囚最後の日』の一種の序文みたようなもので、引き離せないものとはなっているが、じつは文学史的研究に役立つだけで、作品としてはつまらないものであるから、私は訳出することをやめた。
 『死刑囚最後の日』は人を狂気せしむる作品だと、ある人が言っている。実際そこには、死刑の判決を受けてから断頭台にのぼせらるる最後の瞬間に至るまでの、一人の男の肉体的および精神的苦悶が、微細に解剖され抉剔されている。生きてる首をきらるる、自然から受けた生命を人為的に奪い去らるる、その当人の現実的な苦悶が、熱情をもって叙述されている。そしてすべてが、死刑廃止の主張へと集約される。
 なお、これに類する作品をユーゴーはいくつも書いているが、それらの作品は、要するに、当時の社会組織に対する熱烈な抗弁である。教育の問題、貧富の問題、身分階級の問題、天意にさからう人為的死刑の問題など、広範な提案を含む。すべての人に教育を、すべての人に仕事を、すべての人にパンを、すべての人に平等な権利を、与えるべきであると著者は主張する。そしてこの主張は、著者が生涯を通じて叫びつづけたところのものである。
 ヴィクトル・ユーゴーは、詩や小説や戯曲や論説などあらゆるものを書いているが、その核心においてはロマンチックな詩人である。このロマンチスムが、当時の十九世紀の社会状態に内在する不正義と対決するとき、人間の社会的ありかたについての熱烈な主張が生まれてくる。その理想主義は熱情に燃えて、小説までがなかば論説の面影をおびる。そしてこの種の小説の欠点としては、作中人物が作者によって勝手に操縦される傀儡になりがちだということが、指摘される。ユーゴーの最大小説たる『レ・ミゼラブル』についても、このことは言い得らるる。
 小説と論説と…

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