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ひでり狐
ひでりぎつね
作品ID42642
著者豊島 与志雄
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄童話集」 海鳥社
1990(平成2)年11月27日
入力者kompass
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2006-07-30 / 2014-09-18
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

      一

 ある夏、大変なひでりがしました。一月ばかりの間、雨は一粒も降らず、ぎらぎらした日が照って、川の水はかれ、畑の土はまっ白に乾き、水田まで乾いてひわれました。そして田畑の作物はもとより草や木までも、萎びて枯れかかりました。
 田舎の人達は心配でたまりませんでした。そのままでゆけば、田畑の作物はみなだめになって、秋の収穫は何もなくなります。困ったものだと、空ばかり眺めましたが、雲一つない青空にはいつも、暑い日が照ってるきりでした。
 そこで、方々の村では、鎮守の社に集まって雨乞いをしました。御幣をたくさん立て、いろんなものを供えて、雨が降るようにと鎮守の神に祈りました。
 そういうことが幾日か続いたある日、涼しい風が吹きだして、山の向こうからまっ黒な雲が、むくむくとふくれ上がってきました。
「そら雲が出た……まっ黒な大きい雲だ……だんだん空に広がってきた……今日は雨が降るぞ……」そんなことを言い合って、人々は躍り上がらんばかりに喜びました。そのうちにも、雲は次第に空一面に広がって、あたりが薄暗くなったかと思うまに、ざーっと大粒の雨が降り出しました。そして一度降り出すと、まるで天の底がぬけたかと思われるくらい、二日の間、大降りに降り続きました。
 川の水はいっぱいになり、水田にはたっぷり水がたまり、畑の土は黒くしめり、作物は生き返ったように伸び上がりました。そのありさまを、雨の後の晴々とした日の光の中に眺めた時、村の人々は涙が出るほど喜びました。
「これもみんな鎮守様のお影だ」
 そう言って、皆は鎮守の社で御礼の酒盛をしました。それぞれ出来る限りのごちそうをこしらえ、赤の御飯をたき、金持ちは大きな酒樽まで買ってきて、まず第一に鎮守様に供え、それから、皆で、飲んだり食べたり歌ったりしました。
 その酒盛の一日がすむと、皆田畑に出かけて勇ましく働きだしました。

      二

 その村に、徳兵衛という男がいました。ひとり者で、少し薄馬鹿ななまけ者で、家を一軒もつことが出来なくて、村の長者の物置小屋に住まわしてもらっていました。
 鎮守の社で雨の御礼の酒盛があった翌日の朝早く、徳兵衛は長者の言いつけで、肴を入れた籠と大きな酒の徳利とをさげて、鎮守様に供えに行きました。
 そして、村はずれの森の中の、鎮守の社の前まで来ますと、びっくりして立ち止まりました。神殿の前にいろんなごちそうが並んでいますところに、大きな狐が一匹うずくまっていて、ぺろぺろごちそうを食べています。
「おやあ……太い畜生だ」
 肴籠と酒徳利とをそこに置いて、げんこつを握り固めながら、社の上に飛び上がりざま、狐に飛びかかっていきました。と、狐はひらりと身をかわして、横っ飛びに森の中へ逃げていって、見えなくなってしまいました。
 徳兵衛はしばらくぼんやりしていましたが、思い出したように…

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