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彗星の話
ほうきぼしのはなし |
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作品ID | 42644 |
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著者 | 豊島 与志雄 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「豊島与志雄童話集」 海鳥社 1990(平成2)年11月27日 |
初出 | 「赤い鳥」1922(大正11)年7月 |
入力者 | kompass |
校正者 | 小林繁雄、門田裕志 |
公開 / 更新 | 2006-07-21 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 8 ページ(500字/頁で計算) |
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一
むかし、ギリシャの片田舎に、ケメトスという人がいました。小さい時に両親を失って、お祖父さんの手で育てられていましたが、非常な乱暴者で、近所の子供達と喧嘩をしたり、他人の果樹園に忍び込んで、林檎や無花果の実を盗んだり、野山を駆け廻ったりして、その日その日を遊び暮らしていました。
お祖父さんは非常に心配して、いろいろ言い聞かせましたけれど、ケメトスは耳にも入れませんでした。
空に星がいっぱい輝いてるある晩、お祖父さんが庭を歩いていますと、上から石ころみたいなものが飛んできて、すぐ前に落ちました。拾い上げてみると、それは大きな林檎でした。お祖父さんはびっくりして、林檎が飛んできた方を仰ぎ見ました。すると、そこの屋根の上にケメトスが、星の光で林檎をかじりながら、にこにこ笑っていました。――そんなことが何度もありました。
「ケメトスの行末が気になる」とお祖父さんは眉をひそめました。
お祖父さんは考えたすえ、ある時ケメトスを側に呼んで、今まで隠していたことを話してきかせました。
「ケメトスや、わしの言うことをよく聞くがよい。……お前が生まれる時に、わしは庭に出ていた。空一面に星が輝いてる晩だった。お前が無事に生まれるようにと心で祈りながら、ぼんやり空を見上げていた。すると、一際強く光ってる星がわしの眼にとまった。しばらくすると、その星がすーっと流れて、瞬くまに消え失せてしまった。ちょうどその時に、家の中から、お前の産声が聞こえてきたのだ。
わしには、そのことがいつまでもわすれられない。星が流れるのは、ことに一際輝いてる星が流れるのは、悪い知らせなのだ。お前が生まれる時に星が流れたのは、お前の運命がよくないという知らせだ。
だが、運命というものは、ある点まで自分の手でこしらえ直すことが出来る。わしのように老人になると、そのことがはっきりわかるのだ。自分の運命を自分の手でよくなしてゆくことが、人間の一番大切な仕事なのだ。[#「なのだ。」は底本では「なのだ」]
よいか、ケメトスや、お前はあまりよくない運命を荷ってるようだから、それをよくなそうと努めなければいけない。さもないと、お前の終わりはきっと悪い。わかったか、ケメトスや」
ケメトスは何とも答えないで、ただうなずいてみせました。お祖父さんのようすがいつになく極めて真剣なのに、すっかり気圧されてしまっていました。
けれどもケメトスには、お祖父さんの言ったことがよくわかりませんでした。ただ、自分の生まれた時に星が流れたということだけが、はっきり頭にはいりました。そしてそのことを考えると、何だか嬉しいような力強いような気がしました。
それから彼は、晩になるとよく星を眺めました。ことに、屋根の上にあがって、林檎やなんかをかじりながら、星を見るのが愉快でした。ぴかっと光って長い尾を引いて、空の奥…