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死因の疑問
しいんのぎもん
作品ID42669
著者豊島 与志雄
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第五巻(小説Ⅴ・戯曲)」 未来社
1966(昭和41)年11月15日
初出「小説公園」1951(昭和26)年7月
入力者tatsuki
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2007-02-21 / 2014-09-21
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 二月になって、思いがけなく、東京地方に大雪が見舞った。夕方から降り出したのが、夜にはひどい吹雪となり、翌朝は止んでいたが、見渡す限り地上一面に真白。吹雪のこととて、積りかたはさまざまだが、崖下の吹き溜りなどには、深さ一メートルに及ぶところもあった。
 雪のあとはたいてい、からりと晴れるのが常だが、その日は薄曇り、翌日も薄曇りで、次の日に漸く晴れ上ったが、その午頃、吹き溜りの雪の中に、若い女の死体が見出されたのである。
 そこは、高台と低地との境目で、ゆるい傾斜をなしていて、台地をめぐって道路が通じている。まだ戦災の焼跡のままで、ぽつりぽつりと小さな人家が建ってるに過ぎない。道路の片方、斜面を下りきったところに、雪が深く、その中に死体は埋まっていた。
 発見したのは、スキーを楽しんでる子供たちだった。思いがけない大雪だったので、青少年たちは表に飛び出して、思い思いにスキーを始めた。本物のスキー道具を持ち出してる者もあれば、臨時の道具を拵えてる者もあった。坂道はそういう人たちで賑わった。人通りの多い坂道は、やがて、雪が除かれ、或るいは融けて、スキーも出来なくなったが、子供たちはまだ諦めかねて、雪のある斜面に出かけていった。
 その子供たちの一群が、奇怪なものに魅せられたように、棒立ちになってしまったのである。斜面の下に吹き寄せられてる雪は、もうだいぶ融けて、じくじくと水づき、稀薄になっていたが、その中に、薄青い布地が拡がっている。布地はオーバーのようで、それが人間の恰好をしている。よく見ると、その人間の恰好には、黒い髪の毛がついており、反対の片端に、ゴム靴の足先がにゅっと突き出ている。
 わっと、誰からともなく彼等は声を立て、あわてて逃げ出し、近所のひとに異変を知らせた。
 それから大騒ぎとなった。雪の中から取り出されたのは、二十才前後の女の死体で、普通のスーツにオーバーをまとい、ゴムの半靴をはいていた。髪は毛先だけパーマをかけ、顔立は可憐な丸みを持っていた。警察に連絡がつき、検屍の医者が来る少し前に、死人は、そこから程遠からぬ三上さんの家の奥働きの女中、田代清子と判明した。
 死体の様子には、取り乱したところは少しもなかった。他殺とも考えられず、自殺とも考えられなかった。念のために死体解剖が行われたが、外傷も内傷もなく、毒物も検出されず、処女であることまで立証された。凍死と見る外はなく、死期はだいたい吹雪の時の夜半過ぎと推定された。然しそれだけでは、なんとなく辻褄の合わないところがあった。
 彼女が奉公してる三上家の主人、三上宗助は、国会議員だった。家族としては、夫人と、中学上級の男子、同下級の女子。下働きの女中が一人いた。清子は一年ほど前から、知人の世話で奉公し、奥働きの女中、つまり軽い意味の小間使として、真面目に働いていたのである。夫人の気にも入っていた…

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