えあ草紙・青空図書館 - 作品カード

作品カード検索("探偵小説"、"魯山人 雑煮"…)

楽天Kobo表紙検索

囚われ人
とらわれびと
作品ID42678
著者豊島 与志雄
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第五巻(小説5・戯曲)」 未来社
1966(昭和41)年11月15日
初出「群像」1952(昭和27)年7月
入力者tatsuki
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2006-01-06 / 2014-09-18
長さの目安約 35 ページ(500字/頁で計算)

広告

えあ草紙で読む
▲ PC/スマホ/タブレット対応の無料縦書きリーダーです ▲

find 朗読を検索

本の感想を書き込もう web本棚サービスブクログ作品レビュー

find Kindle 楽天Kobo Playブックス

青空文庫の図書カードを開く

find えあ草紙・青空図書館に戻る

広告

本文より

或るコンクリー建築の四階の室。室内装飾は何もないが、ただ、大きな電灯の円笠が天井からぶらさがっていて、室中に明るみを湛えている。片側だけ窓で、窓の外は闇夜。全体が箱の中のような感じ。室の一方に、巨大な円卓があって、その端寄りに数人の男女が集まっている。彼等と向い合って、室の他方に、四角な小卓があり、正夫が坐っている。正夫はたいてい卓上に顔を伏せていて、ごく稀にしか顔を挙げない。――この一篇、単に寓話であって、戯曲ではないから、人物の言語動作、唐突なこと多く、謂わば人形芝居めいた雰囲気。その上、正夫に対して大円卓の正面に坐っている一人の男だけが、通常の人間の恰好で、その周囲にいる男女たちは、なんだか畸形的なグロテスクな様子。どんなことになってゆくのか、私(筆者)にも見当はつかない。というのは、この箱のような室内の一隅に、私はたまたま居合せていたに過ぎないからである。長い沈黙。正夫、立ち上って伸びをし、また腰を下して、卓上に顔を伏せる。円卓の正面の男、議一が声をかける。
 議一――正夫君、退屈してるようだね。退屈は人生の最大の悪だ。そういう言葉を覚えてるだろうね。だが、まあいいや。君には、この前逢った時から、其後、一度も逢わなかったね。この前逢った時から其後一度も逢わなかったというのは、変な言い方だが、僕の実感としては真実なんだ。ずいぶん久し振りだった。変りはないかね。僕も……いや僕たちと言おう。文化会議の仲間で、ここにいるのは僕一人だが、一同を代表して言うよ。そこで、僕たちも、相変らずだ。但し、相変らずということが、停滞を意味するならば、相変らずではないと言い直さなければならない。会合毎に、一歩一歩前進してるからね。
 ――ところで、今日の会合で面白いことがあった。君も知ってる通り、僕たちの文化会議は、文化の在りかたを検討するのが主眼であって、政治問題には触れないことになっている。然るに、昨今の政治の状態は、その反動的な攻勢といい、逆コースの方向といい、もう黙ってはおられないところまで来ている。つまり、吾々の方では政治問題に触れまいとしても、政治の方から吾々の身辺に迫って来ているんだ。そういう議論が一同の間に出た。そこで、その原因は何かということになった。一口に言えば、険悪な国際情勢から来る圧力、その圧力を受けてる国家権力の歪曲、その歪曲から生れるさまざまな弾圧的立法……これはもう立派なファシズムだ。徒らに左翼と右翼との抗争のみが激化し、基本人権は侵害され、自由と平和は脅威を受ける。このまま放置しておいてよいかどうか。歪曲された国家権力に対して、何等かの抗議を提出すべきではないか。だいたいそういう結論だったが、当面の実際運動については、次の会合で話し合うことになった。
 ――これだけ言えば、正夫君、君の胸に応えるものがある筈だ。以前、君がしばしば提出していた意…

えあ草紙で読む
find えあ草紙・青空図書館に戻る

© 2024 Sato Kazuhiko