えあ草紙・青空図書館 - 作品カード
楽天Kobo表紙検索
窃む女
ぬすむおんな |
|
作品ID | 42682 |
---|---|
著者 | 黒島 伝治 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「黒島傳治全集 第一巻」 筑摩書房 1970(昭和45)年4月30日 |
初出 | 1923(大正12)年3月 |
入力者 | Nana ohbe |
校正者 | 林幸雄 |
公開 / 更新 | 2006-03-18 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 18 ページ(500字/頁で計算) |
広告
広告
一
子供が一人ぐらいの時はまだいゝが、二人三人となると、育てるのがなかなか容易でない。子供のほしがるものは親として出来るだけ与えたい。お菓子、おもちゃ、帽子、三輪車――この頃は田舎でも三輪車が流行っている。女の子供は、少し大きくなると着物に好みが出来てくる。一ツ身や、四ツ身を着ている頃はまだいゝ。しかし四ツ身から本身に変る時には、拵えてやっても、拵えてやってもなお子供は要求する。彼女達は絶えず生長しているのである。生長するに従って、その眼も、慾望も変化し進歩しているのだ。
清吉は三人の子供を持っていた。三人目は男子だったが、上の二人は女だった。長女は既に十四になっている。
夫婦揃って子供思いだったので、子供から何か要求されると、どうしてもそれをむげに振去ることが出来なかった。肩掛け、洋傘、手袋、足袋、――足袋も一足や二足では足りない。――下駄、ゴム草履、櫛、等、等。着物以外にもこういう種々なるものが要求された。着物も、木綿縞や、瓦斯紡績だけでは足りない。お品は友染の小浜を去年からほしがっている。
二人は四苦八苦しながら、子供の要求を叶えてやった。しかし、清吉が病気に罹って、ぶら/\しだしてから、子供の要求もみな/\聞いてやることが出来なくなった。お里は、家計をやりくりして行くのに一層苦しみだした。
暮れになって、呉服屋で誓文払をやりだすと、子供達は、店先に美しく飾りたてられたモスリンや、サラサや、半襟などを見て来てはそれをほしがった。同年の誰れ彼れが、それぞれ好もしいものを買って貰ったのを知ると、彼女達はなおそれをほしがった。
「良っちゃんは、大島の上下揃えをこしらえたんじゃ。」
お品は縫物屋から帰って来て云った。
「うち(自分のこと)毛のシャツを買うて貰おう。」次女のきみが云った。
子供達は、他人に負けないだけの服装をしないと、いやがって、よく外へ出て行かないのだ。お品は、三四年前に買った肩掛けが古くなったから、新しいのをほしがった。
清吉は、台所で、妻と二人きりになると、
「ひとつ山を伐ろう。」と云いだした。
お里はすぐ賛成した。
山の団栗を伐って、それを薪に売ると、相当、金がはいるのであった。
二
正月前に、団栗山を伐った。樹を切るのは樵夫を頼んだ。山から海岸まで出すのは、お里が軽子で背負った。山出しを頼むと一束に五銭ずつ取られるからである。
お里は常からよく働く女だった。一年あまり清吉が病んで仕事が出来なかったが、彼女は家の事から、野良仕事、山の仕事、村の人夫まで、一人でやってのけた。子供の面倒も見てやるし、清吉の世話もおろそかにしなかった。清吉は、妻にすまない気がして、彼自身のことについては、なるだけ自分でやった。が、お里の方では、そんなことで良人が心を使って病気が長びくと困ると思っていた。清吉の…