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白塔の歌
はくとうのうた
作品ID42716
副題――近代伝説――
――きんだいでんせつ――
著者豊島 与志雄
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第四巻(小説Ⅳ)」 未来社
1965(昭和40)年6月25日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2007-12-20 / 2014-09-21
長さの目安約 44 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 方福山といえば北京でも有数な富者でありました。彼が所有してる店舗のなかで、自慢なものが二つありました。一つは毛皮店で、虎や豹や狐や川獺などをはじめ各種のものが、一階と二階の広間に陳列されていまして、北京名物の一つとして見物に来る旅行者もあるとのことでした。他の一つは茶店でありまして、昔は帝室の茶の御用を務めていたという由緒が伝えられていました。
 この方福山が、四十日ばかり南方に旅して、そして帰ってきましてから、自邸で、十名ほどの人々を招いて小宴を催しました。
 方福山は賑かな交際が好きで、人を招いて宴席を設けることはよくありましたし、またそういう口実はいつでも見出せるものでありますが、然し、此度の招宴には何か特殊な気配が感ぜられました。方家の執事ともいうべき何源が口頭で伝えましたところでは、旅行中御無沙汰を致したからというのでしたが、方福山の帰来後既に一ヶ月たってのことでありましたし、また、呂将軍も御出席の筈ですと何源はいい添えたのでした。
 呂将軍というのは北京の警備司令でありましたが、その頃、彼について種々の風説が伝えられていました。近いうちに彼は済南方面へ転出するという噂もありましたし、また、省政府筋と常に反目しがちで、急激な武断政略を計画してるとの噂もありました。勿論こうした噂は、ある一部の人々の間にひそかに囁かれただけでありまして、事の真偽は定かでありませんけれども、それが原因でか、或は他に何かあったのか、一般市民の間に不安動揺の空気が次第に濃くなりつつありました。
 そういうわけで、方福山の招宴は、人々に一種の印象を与えました。
 招待を受けた荘太玄は、その子の一清にいいました。
「私は身体不和ということにして、お断りしようと思う。方さんからは時折、南方各地の銘茶の御厚志にあずかっているが、近頃、あの人の行動には私の心に添わないものがあるようだ。けれども、お前は行ったがよかろう。青年にとっては、いろいろなことを見聞するのが精神の養いになるものだ。」
「それでは、私がお父さんの代理をも兼ねて行きましょう。」と一清は気軽に答えました。
「いや、お前個人として行くので、代理を兼ねるというわけにはいくまい。」と太玄は考え深そうな眼付をしていいました。
 ところで、荘一清にとっては、父のことよりも寧ろ、友人の汪紹生の方が問題でありました。
 荘太玄は今では、あまり世間のことに関係したがらず、家居しがちでありましたが、その見識徳望の高さを以て巍然として聳えてる観がありました。それ故、呂将軍と共に方家へ招かれるのも不思議でなく、また荘一清は青年ながら、太玄の令息として招かれても不思議ではありませんでした。だが汪紹生はちと別でした。汪紹生は家柄も低く貧しく、ただ荘一清と刎頸の交りを結んでることだけで、方家からわざわざ招待を受ける理由とはなりませんでした。
 …

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