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小さき花にも
ちいさきなにも |
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作品ID | 42746 |
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著者 | 豊島 与志雄 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「豊島与志雄著作集 第四巻(小説Ⅳ)」 未来社 1965(昭和40)年6月25日 |
初出 | 「光」1948(昭和23)年12月 |
入力者 | tatsuki |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2008-03-04 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 21 ページ(500字/頁で計算) |
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すぐ近くの、お寺の庭に、四五本の大きな銀杏樹がそびえ立っている。そばへ行って調べてみると、三本で、それが見ようによって、四本にも五本にも見える。こんもり茂っているのだ。その樹に、雀がたくさん巣くっている。朝早くから起きて、ピイチク、チュクチュク、ピイチク、チュクチュク、騒がしいったらない。朝日の光りがさしてくると、ぱっぱっと、一群れずつ飛び立ち、四散して、どこかへ行ってしまう。そして夕方また帰ってくる。何をしているのか、ピイチク、チュクチュク、ピイチク、チュクチュク、騒ぎまわって、薄暗くなるとひっそりしてしまう。
御近所で、たいへん迷惑してる家もある。私の家では、却ってそれを利用している。朝は眼覚時計の代りとなるし、夕方は終業の鐘の代りとなる。
お父さんが、中風でぶらぶらしていらっしゃるものだから、皆で働いた。御仕立物の小さな看板を出して、お母さんは和裁の針仕事、姉さんは洋裁のミシン。私は外に勤めに出た。二階は間貸しをしている。それでどうにか暮しを立てた。お母さんはもともと体が弱いたちで、お父さんの病気のこともあって、夜分は仕事をなさらない。しぜん、雀の鳴き声で仕事をやめ、おそい夕御飯となる。その代り、朝は早く、雀の鳴き声といっしょに起き上ることとなる。
その、銀杏樹の雀の群れには、親雀もおれば、今年生れの小雀もいる。みんないっしょになって、ピイチク、チュクチュク、ピイチク、チュクチュク。うるさいな、と私は思ったこともあるけれど……おう、なにがうるさいものか。もっと鳴け、もっと鳴け。胸いっぱいに、声いっぱいに、もっと鳴け。よたよた飛んでる遅生れの小雀も、精いっぱいにもっと鳴け。私だって、もし雀だったら……。
今は黙っているけれど、センチになってるんじゃない。腹立たしいのだ。怒っているんだ。そしてどうやら、悲しいのだ。
手塚さんが郷里へ立つ日だった。朝早くの汽車だから、雀よりも早く起き上った。お母さんと姉さんは、手塚さんの幾食分かのお弁当を拵えている。私は二階へ行ってみた。
手塚さんがなんだかお気の毒で、お可哀そうで、と言っては生意気のようだけれど、どうしていらっしゃるかしらと思ったのだ。どの程度か分らないが、胸の御病気で、それに胆嚢もお悪いとかで、半年ばかり、瀬戸内海に面した郷里へ帰って、療養してくるとのこと。前夜は私、へんなことで帰りが遅くなったが、手塚さんは少しお酒を飲んだとか、ぽーっと頬を赤くしていた。それだけだった。それでいいのかしら。手塚さんとお姉さんは、愛し合っているのだ。そしてこれから半年ばかり別れねばならないのだ。それなのに、何事もなかった。いつもの通りだった。手塚さんが茶の間で話しこんでるだけだった。それきりで、明朝は早く起きなければならないからと、みんな早めに寝た。その、何事もなかったということが、朝になってから、却って私の…