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![]() ラマとうのひみつ |
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作品ID | 42763 |
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著者 | 宮原 晃一郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「日本児童文学大系 第一一巻 楠山正雄 沖野岩三郎 宮原晃一郎集」 ほるぷ出版 1978(昭和53)年11月30日 |
入力者 | 鈴木厚司 |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2004-09-15 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 22 ページ(500字/頁で計算) |
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一 白馬の姫君
「ニナール、ちよつとお待ち」と、お父様のキャラ侯がよびとめました。ニナール姫は金銀の糸で、ぬひとりした、まつ赤な支那服をきて、ブレツといふ名のついたまつ白な馬にのつて、今出かけようとするところでした。
「なんですの、お父様」と、ニナール姫はふりかへりました。
まだ十五になつたばかりですから、顔はほんの子供ですけれど、身体はなか/\大きくて、まるで大人のやうでした。
「今日は、お前、ジウラをつれて、山へあそびに出かけるはずだつたぢやないか。それだのにどうして、ひとりで、馬にのつて出かけるの」
ニナール姫は、赤い花が咲いたやうにパツと朗らかに笑つて、金の拍車をチャラ/\と鳴らしました。
「だつてお父様、ジウラさんは男のくせに、お馬にのることが下手で、落ちるのが恐いからいやですつて行かうといひませんもの」
キャラ侯は八の字を額によせました。
「フム、蒙古の王子が馬にのることが下手では困つたものだね。よし/\、わしに考へがあるから、ぢや、今日はお前ひとりで行つてもよろしい。だが近頃、馬賊がこのへんの山にはいつて来たといふことだから、よく気をつけなさいよ」
「大丈夫よ。ブレツに一むちあてれば、馬賊なんか追ひ付きつこありやしませんわ」
ニナール姫は、さういふが早いか、足で一つ、ブレツのお腹をポンとけると、矢のやうに、向ふに高くそびえるギンガン嶺の方をさして、走せ去りました。
ニナール姫はこのギンガン嶺の麓に、お城をかまへてゐる、満洲貴族の一人子でした。お母様は蒙古の王様からお嫁に来てゐらつしたのですが、さき程、病気でお亡くなりになりました。お父様のアイチャンキャラ侯は、たつたひとりぽつちのニナール姫が、淋しいだらうと、従兄に当るジウラ王子を蒙古から呼びよせ、そのお相手になさつたのです。ジウラ王子は蒙古の王様のうちでも、成吉斯汗のすゑだとよばれる名家の子でした。が、不幸にして早く、お父様になくなられ、それから又、近頃、お母様も死んで、孤児になつてゐました。だから、キャラ侯は王子の為にもよからうと思つたのです。
ところが、ジウラ王子は年こそニナール姫よりも一つ上でしたけれど、身体もやせて、小さく、青い顔をして、いつも隅の方へ引つ込み、だまつてばかりゐるのでした。しかも、そのくせ、ゐばりやさんで、どうかすると「おれは蒙古の王子だぞ」といふやうに、高慢な顔をしますから、大勢の召使ひたちから、軽蔑されたり、いやがられたりするだけで、一向、ニナール姫のさびしさを慰める役にはたちません。
尤も、ニナール姫の方だけでは、ジウラ王子がゐやうがゐまいが、そんなことはどうでもいゝので、以前とかはりなく、朗らかで、活溌で、勇ましい男もかなはないほど大胆で、馬に乗り、鉄砲をうち、せい一ぱいにあばれてをりました。
然し、うはべはさうでも、やはり女のことで…