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鉱毒飛沫
こうどくひまつ
作品ID42765
著者木下 尚江
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學大系 9 徳冨蘆花・木下尚江集」 筑摩書房
1971(昭和46)年10月5日
初出「毎日新聞」1900(明治33)年2月19日
入力者林幸雄
校正者小林繁雄
公開 / 更新2006-06-19 / 2014-09-18
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   兇徒嘯聚の疑獄起る

二月十三日、利根の河畔に於ける足尾鉱毒被害民と憲兵警官との衝突を報道せんことは、余が此の旅行の主たる目的には非ざりしなり。図らざりき余が重きを置かざりし此の出来事は、今や却て案外なる大疑獄を惹起せんとは。
直接に中央政府に向て請願せんと企てたる彼等二千五百の鉱毒被害民は、憲兵警官の為めに解散せられたり。而して之と同時に彼等人民は「兇徒嘯聚罪」の告発を受けたり。
十五日、栃木県足利郡久野村の村長稲村與一、室田忠七、設楽常八、群馬県邑楽郡渡良瀬村の村長谷富三郎、多々良村の亀井明次、西谷田村の荒井嘉衛等は各[#挿絵]自宅より拘引されたり。
十六日、前橋地方裁判所の嘱託を受けたる各地管轄の区裁判所判事は目星き村民の家宅に就きて証拠物件の捜索を遂げぬ。而して其の苟も鉱毒事件に関する者は信書と印刷物と其の新と旧とを問はず尽く之を押収し去れり。多くの拘引状は尚ほ警官の手に握られてあり。何時、誰れが捕縛し去られんも知るべからず。鉱毒被害地を挙げて人心極めて不安なり。

   警官の挙動

此の疑獄に向て余は隻語だに容喙すべき権利なし、然かのみならず、余は此際特に謹慎を加へて、彼等人民が今回の動静に就ては務めて沈黙を守らんと欲す。人民の行為に対しては司法官の審検あらん。去れど其の対手たる警官の挙動は今ま爰に其の一斑を記述し置くべき必要あらん。
利根河畔に於て警官が抜剣したりや否やは、是れ被害民の動作と相関聯する問題にして、警官は其の機を得て抜剣すべき権力ある者、余は之を以て今回の活劇に於ける大問題とは思はざるなり。否な思はざるに非ず。去れど被害民の発程事情、利根河畔の衝突の事情に就て暫く沈黙を守らんと欲する余は勢ひ之を詳記せざるべきなり。余は勿論其活劇の場所に立会へる者に非ず。而して館林警察署長は断じて抜剣の動作なしと明言せり。去れど余は被害人民の多くより警官の中抜剣したる者を見たりと訴ふるを聴けり。只だ余は警官等が抜剣の事なからん為めに、予め麻繩もてツバ元を縛し置けりとの弁解を以て、此の無用なる周到の用意は、却て当局者の疑惑を招くに過ぎざるを感ずるのみ。

   解散後警官の挙動

然れ共被害民一行解散後に於ける警官の動作は、注意せざるべからず。是れ警察の威厳と信用とに関する重要問題なればなり。
利根河畔なる衝突現場に於ける警官の殴打は治安保護上の必要なりと弁解することを得ん。去れど解散後に於ける殴打は何の辞を以て、之を弁護せんと欲する乎。
逃ぐる敵を逐ふは戦場に於ける勇者の恥辱なり、況して鉱毒被害民は警官の仇敵に非るなり。故に警官が解散執行後に採るべき職務は本然の懇篤親切に立ち返へりて、彼等人民をして平和に其の家に行かしむるに在り。而して余は此の間に立ちて当時警官の挙動に甚だ不穏不当の事実多きを聞取するを悲む、左に少しく之を記述せん。
一、帰途…

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