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三十歳
さんじゅっさい |
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作品ID | 42835 |
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著者 | 坂口 安吾 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「坂口安吾全集 06」 筑摩書房 1998(平成10)年5月22日 |
初出 | 「文学界 第二巻第五号」1948(昭和23)年5月1日 |
入力者 | tatsuki |
校正者 | 小林繁雄 |
公開 / 更新 | 2007-08-18 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 33 ページ(500字/頁で計算) |
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冬であった。あるいは、冬になろうとするころであった。私の三十歳の十一月末か十二月の始めごろ。
あのころのことは、殆ど記憶に残っていない。二十七歳の追憶のところで書いておいたが、私はこのことに就ては、忘れようと努力した長い年月があったのである。そして、その努力がもはや不要になったのは、あの人の訃報が訪れた時であった。私は始めてあの人のこと、あのころのことを思いだしてみようとしたが、その時はもう、みんな忘れて、とりとめのない断片だけがあるばかり、今もなお、首尾一貫したものがない。
日暮れであった。いや、いつか、日暮れになったのだ。あの人が来たとき、私がハッキリ覚えているのは、私がひどく汚らしい顔をしていたことだけだ。私はその一週間ぐらい顔を剃らなかったのだ。
私は自分のヒゲヅラがきらいである。汚らしく、みすぼらしいというより、なんだか、いかにも悪者らしく、不潔な魂が目だってくる。ヒゲがあると、目まで濁る。陰鬱で、邪悪だ。
そのくせ不精な私は、却々ヒゲを剃ることができない。私のヒゲはかたいので、タオルでむす必要があるから、それが煩しいのである。仕事をしながら頬杖をつくと、掌にヒゲが当る。すると私は不愉快になり、濁った暗い目を想像して居たゝまらなくなるのであるが、不精な私はそれをどうすることもできない。鏡を見ないように努め、思いださないように努める。
私は「いづこへ」の女とズルズルベッタリの生活から別れて帰ってきたのであった。母の住む蒲田の家へ。「いづこへ」の女と私は女の良人の追跡をのがれて逃げまわり、最後に、浦和の駅の近くのアパートに落付いた。そこで私たちはハッキリ別れをつけて、私はいったん私のもと居た大森のアパートへ戻って始末をつけて、母の家へ戻ったのだ。
すると、その三日目か四日目ぐらいに、あの人が訪ねてきたのだ。四年ぶりのことである。母の家へ戻ったことを、遠方から透視していたようであった。常に見まもり、そして帰宅を待ちかねて、やってきたのだ。別れたばかりの女のことも知りぬいていた。
私はいったい、なぜだろうかと疑った。あの人に私の動勢を伝える人の心当りがないのである。この不思議は十二年間私の頭にからみついて放れなかった。私が真相を知り得たのは去年の春のことであった。
山口県のMという未知の人から、私は突然手紙をもらった。次のようなものである。
突然お手紙を差上げます。その前に、たゞ今不用意に突然と書きましたが、私に致しますと、あなたにお手紙差上げますのは、十年来の願いでありますので、その訳を一言のべさせていただきます。
昭和十年ごろ(そのころ私は早稲田の第二学院の生徒でした)下落合の矢田津世子さんのお宅で雑誌「作品」の御作拝見しました。たしか、いくつも拝見させていたゞきましたが、その中で題名を記憶していますのは「淫者山に入る」という作…