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作男・ゴーの名誉
さくおとこ・ゴーのめいよ
作品ID42940
原題THE HONOUR OF ISRAEL GOW
著者チェスタートン ギルバート・キース
翻訳者直木 三十五
文字遣い新字新仮名
底本 「世界探偵小説全集 第九卷 ブラウン奇譚」 平凡社
1930(昭和5)年3月10日
入力者京都大学電子テクスト研究会入力班
校正者京都大学電子テクスト研究会校正班
公開 / 更新2004-07-04 / 2014-09-18
長さの目安約 31 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

        一

 嵐吹く銀緑色の夕方、灰色のスコッチ縞の着衣につつまれた師父ブラウンは、灰色のスコットランドのある谷間の涯に来た、そして奇妙なグレンジル城を仰ぎ見た。城はその窪地の一方の端を袋町のように塞いでいた、それがまた世界の涯のように見えた。嶮しい屋根や海緑色の石盤瓦茸小塔の聳え具合が仏蘭西蘇格蘭折衷式の城の様式なので、城は師父ブラウンのような英蘭人にはお伽話に出て来る魔女のかぶる陰険な尖り帽を思い出させるのであった。そして周囲にゆらいでいる松林は小塔の緑色と対比して無数の渡鳥の群のように黒く見えた。こうした人を夢幻の世界か、または睡たげな魔界のような雰囲気の中に惹込むのは、ただこの景物ばかりがさせる技ではなかった、なぜならば、スコットランドの貴族の家柄に、人間並をはるかに越して濃厚に纏綿しているところの高慢と狂気と不思議な悲哀との雲がここにも絡みついているからであった。スコットランドは遺伝という毒薬を二服持っている、貴族という血の意識とカルヴィン教徒の因襲の意識とがそれだ。
 坊さんはグラスゴーまで用事があって来たので、今一日を割いて、友人なる素人探偵フランボーに会いにやって来たのであった。フランボーは最近伝えられたグレンジル伯の死説の真偽を確めるために今一人警察の本職探偵と倫敦からやって来てこのグレンジル城に滞在していた。疑問の人物グレンジル伯は十六世紀の昔、国内の心根の曲った貴族の間においても、剛勇と乱心とたけだけしい奸智とで彼等を縮み上らせた種族の最後の代表者ともいうべき男であった。
 幾世紀にわたってグレンジル城の城主は莫迦の限りをつくした、今ではもう莫迦も種ぎれになったろうと思われても決して無理はないのであった。ところが事実は今の最後の伯爵は、まだ誰も手をつけたことのない珍趣向で、伝家のしきたりを完成させた、すなわち彼は姿をくらましたのだ。といっても彼が外国へでも行ったという意味ではない。どう考えても彼はまだ城内に生きているはずである。もし彼がどこかに居るものとすれば、事実彼の名は教会名簿にも大冊の赤い華族名鑑にもまだ載っているのだ、だが誰にも彼れを太陽の下に見たと云うものがないのだ。もしも何人か彼を見た者があるとすれば、それは馬丁とも次男ともつかない孤独の召使の男である。彼はひどい聾なので、早合点の人は彼を唖者だと思い込み、それより落付いた人も彼を薄鈍物だといった。痩せてガラガラした、赤毛の働き男で、頸はいかにも頑固だが魚のような眼をもった彼はイズレールゴーという名で通っている。そしてこの物佗しい館につかえる一個の無言の召使である。けれども彼が馬鈴薯を掘る絶倫な精力と判で押したように規則正しく台所へ消えて行くことは、見る人に、彼が誰か高位の人のために食事の用意でもしているんじゃないか、そうとすれば不思議な伯爵はやはり城内にかくれてい…

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