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小国寡民
しょうこくかみん
作品ID4299
著者河上 肇
文字遣い新字旧仮名
底本 「河上肇著作集  第九巻」 筑摩書房
1964(昭和39)年12月15日
初出1945(昭和20)年9月1日稿
入力者はまなかひとし
校正者今井忠夫
公開 / 更新2004-02-01 / 2014-09-18
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 放翁東籬の記にいふ、
「放翁告帰(退官して隠居すること)の三年、舎東の[#挿絵]地(草の生ひしげる土地)を闢く。南北七十五尺、東西或ひは十有八尺にして贏び、或ひは十有三尺にして縮まる。竹を插んで籬と為す、其地の数の如し。五石瓮(かめ)を※[#「くさかんむり/貍」、341-4]め、泉を瀦めて池と為し、千葉の白芙※[#「くさかんむり/渠」、341-5](蓮)を植う。又た木の品(木の類)若干と草の品若干を雑へ植う。之を名づけて東籬と曰ふ。放翁日に其間に婆娑(歩き廻はること)、其の香を※[#「綴」の「糸」に代えて「手へん」、341-6]り以つて臭ぎ、其の穎を[#挿絵]み以て玩ぶ。朝には灌ぎ莫には[#挿絵]す。凡そ一甲拆(草木の新芽を包める薄き皮の開くこと)一敷栄(花のしげり咲くこと)、童子皆な来り報じて惟だ謹む。放翁是に於て本草を考へ、以て其の性質を見、離騒を探り、以て其の族類を得、之を詩爾雅及び毛氏郭氏の伝に本づけ、以て其の比興を観、其の訓詁を窮め、又下つては博く漢魏晋唐以来を取り、一篇一詠も遺す者なく、古今体制の変革を反覆研究す。間亦吟諷して長謡、短草、楚詞、唐律を為り、風月煙雨の態度に酬答す。蓋し独り身目を娯み、暇日を遣るのみにあらず。昔は老子書を著はし末章に曰ふ『小国寡民、其の食を甘しとし、其の服を美しとし、其の居に安んじ、其の俗を楽む。隣国相望みて、鶏犬の声相聞ゆるも、民、老死に至るまで相往来せず。』と。其の意深し矣。老子をして一邑一聚を得せしめば、蓋し真に以て此を致すに足らむ。於[#挿絵]、吾が東籬、又た小国寡民の細なる者か。開禧元年四月乙卯誌す。」
 私はこの一文を読んで、放翁の晩年における清福を羨むの情に耐へない。
 私は元から宏荘な邸宅や華美な居室を好まないが、殊に晩年隠居するに至つてからは、頻りに小さな室が二つか三つかあるに過ぎない庵のやうな家に住みたいものと、空想し続けてゐる。頼山陽が日本外史を書いた山紫水明楼は、四畳と二畳との二間から成つてゐたものだと云ふが、今私は、書斎と寝室を兼ねるのなら、四畳半か三畳で結構だし、書斎だけなら三畳か二畳で結構だと思つてゐる。その代り私は家の周囲になるべく多くの空地を残しておきたい。広々とした土地を取囲んだ屋敷の一隅に小さな住宅の建つてゐるのが好ましい。残念なことに、京都には、借りようと思つても、そんな家は殆どない。
 京都人はどういふものか、せゝつこましい中庭を好んでゐる。郊外の相当広い所でも京都人が家を設計するとなると、座敷と座敷とに挾まれた中庭を作つて、その狭い所へ、こて/\と沢山の石を運んで来て、山を築き池を掘り、石橋を架け石燈籠を据ゑ、松を植ゑ木槲を植ゑ躑躅を植ゑなどして、お庭らしいものを作る。たとひ小さな借家の僅かな空地でも、なるべくそれに似たものにするのが、京都人の流儀だが、私はさうした人為的…

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