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池袋の怪
いけぶくろのかい |
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作品ID | 43042 |
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著者 | 岡本 綺堂 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「文藝別冊[総特集]岡本綺堂」 河出書房新社 2004(平成16)年1月30日 |
初出 | 「文藝倶楽部」1902(明治35)年4月 |
入力者 | hongming |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2004-08-14 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 6 ページ(500字/頁で計算) |
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安政の大地震の翌る年の事で、麻布の某藩邸に一種の不思議が起った。即ち麻布六本木に西国某藩の上屋敷があって、ここに先殿のお部屋様が隠居所として住って居られたが、幾年来別に変った事もなく、怪しい事もなく、邸内無事に暮していた。然るにその年の夏のはじめ、一匹の蛙が椽から座敷へ這上って、右お部屋様の寝間の蚊帳の上にヒラリと飛び上ったので、取あえず侍女共を呼んでその蛙を取捨てさせた所が、不思議にもその翌晩も飛び上る、その翌々晩も這上る。草深い麻布の奥、元より庭も広く、池も深く、木立も草叢も繁茂っているから、夏季になれば蛇も這出そう、蛙も飛出そう、左のみ怪しむにも及ばぬ事と、最初は誰も気にも留めずに打過ぎたが、何分にもその蛙が夜な夜な現われると云うに至っては、少しく怪しまざるを得ない。しかも日を経るに随って、蛙は一匹に止らず、二匹三匹と数増して、果は夜も昼も無数の蛙が椽に飛び上り、座敷に這込むという始末に、一同も是れ尋常事でないと眉を顰め、先ずその蛙の巣窟を攘うに如ずと云うので、お出入りの植木職を呼あげて、庭の植込を洗かせ、草を苅らせ、池を浚わせた。で、それが為かあらぬか、その以来、例の蛙は一匹も姿を見せぬようになったので、先ず可しと何れも安心したが、何ぞ測らん右の蛙がそもそも不思議の発端で、それからこの邸内に種々の怪異を見る事となった。ある日の夕ぐれ、突然にドドンと凄じい音がして、俄に家がグラグラと揺れ出したので、去年の大地震に魘えている人々は、ソレ地震だと云う大騒ぎ、ところが又忽ちに鎮って何の音もない。で、それからは毎夕点燈頃になると、何処よりとも知らず大浪の寄せるようなゴウゴウという響と共に、さしもに広き邸がグラグラと動く。詰合の武士も怪しんで種々に詮議穿索して見たが、更にその仔細が分らず、気の弱い女共は肝を冷して日を送っている中に、右の家鳴震動は十日ばかりで歇んだかと思うと、今度は石が降る。この「石が降る」という事は往々聞く所だが、必らずしも雨霰の如くに小歇なくバラバラ降るのではなく何処よりとも知らず時々にバラリバラリと三個四個飛び落ちて霎時歇み、また少しく時を経て思い出したようにバラリバラリと落ちる。けれども、不思議な事には決して人には中らぬもので、人もなく物も無く、ツマリ当り障りのない場所を択んで落ちるのが習慣だという。で、右の石は庭内にも落ちるが、座敷内にも落ちる、何が扨、その当時の事であるから、一同ただ驚き怪しんで只管に妖怪変化の所為と恐れ、お部屋様も遂にこの邸に居堪れず、浅草並木辺の実家へ一先お引移りという始末。この事、中屋敷下屋敷へも遍く聞え渡ったので、血気の若侍共は我れその変化の正体を見届けて、渡辺綱、阪田公時にも優る武名を轟かさんと、いずれも腕を扼って上屋敷へ詰かけ、代る代る宿直を為たが、何分にも肝腎の妖怪は形を現わさず、夜毎夜毎に石を投げるば…