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和歌でない歌
うたでないうた
作品ID43043
著者中島 敦
文字遣い旧字旧仮名
底本 「中島敦全集第二卷」 筑摩書房
1976(昭和51)年5月25日
入力者川向直樹
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2005-01-18 / 2014-09-18
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

    遍歴
ある時はヘーゲルが如萬有をわが體系に統べんともせし
ある時はアミエルが如つゝましく息をひそめて生きんと思ひし
ある時は若きジイドと諸共に生命に充ちて野をさまよひぬ
ある時はヘルデルリンと翼竝べギリシャの空を天翔りけり
ある時はフィリップのごと小さき町に小さき人々を愛せむと思ふ
ある時はラムボーと共にアラビヤの熱き砂漠に果てなむ心
ある時はゴッホならねど人の耳を喰ひてちぎりて狂はんとせし
ある時は淵明が如疑はずかの天命を信ぜんとせし
ある時は觀念の中に永遠を見んと願ひぬプラトンのごと
ある時はノ[#挿絵]ーリスのごと石に花に奇しき祕文を讀まむとぞせし
ある時は人を厭ふと石の上に默もあらまし達磨の如く
ある時は李白の如く醉ひ醉ひて歌ひて世をば終らむと思ふ
ある時は王維をまねび寂として幽篁の裏にひとりあらなむ
ある時はスウィフトと共にこの地球の Yahoo 共をば憎みさげすむ
ある時はヴェルレエヌの如雨の夜の巷に飮みて涙せりけり
ある時は阮籍がごと白眼に人を睨みて琴を彈ぜむ
ある時はフロイドに行きもろ人の怪しき心理さぐらむとする
ある時はゴーガンの如逞ましき野生のいのちに觸ればやと思ふ
ある時はバイロンが如人の世の掟踏躪り呵々と笑はむ
ある時はワイルドが如深き淵に墮ちて嘆きて懺悔せむ心
ある時はヴィヨンの如く殺め盜み寂しく立ちて風に吹かれなむ
ある時はボードレエルがダンディズム昂然として道行く心
ある時はアナクレオンとピロンのみ語るに足ると思ひたりけり
ある時はパスカルの如心いため弱き蘆をば讚め憐れみき
ある時はカザノ[#挿絵]のごとをみな子の肌をさびしく尋め行く心
ある時は老子のごとくこれの世の玄のまた玄空しと見つる
ある時はゲエテ仰ぎて吐息しぬ亭々としてあまりに高し
ある時は夕べの鳥と飛び行きて雲のはたてに消えなむ心
ある時はストアの如くわが意志を鍛へんとこそ奮ひ立ちしか
ある時は其角の如く夜の街に小傾城などなぶらん心
ある時は人麿のごと玉藻なすよりにし妹をめぐしと思ふ
ある時はバッハの如く安らけくたゞ藝術に向はむ心
ある時はティチアンのごと百年の豐けきいのち生きなむ心
ある時はクライストの如われとわが生命を燃して果てなむ心
ある時は眼・耳・心みな閉ぢて冬蛇のごと眠らむ心
ある時はバルザックの如コーヒーを飮みて猛然と書きたき心
ある時は巣父の如く俗説を聞きてし耳を洗はむ心
ある時は西行がごと家をすて道を求めてさすらはむ心
ある時は年老い耳も聾ひにけるベートーベンを聞きて泣きけり
ある時は心咎めつゝ我の中のイエスを逐ひぬピラトの如く
ある時はアウグスティンが灼熱の意慾にふれて燒かれむとしき
ある時はパオロに降りし神の聲我にもがもとひたに祈りき
ある時は安逸の中ゆ仰ぎ見るカントの「善」の嚴くしかりし
ある時は整然として澄みとほるスピノザに來て眼をみは…

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