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河童小僧
かっぱこぞう
作品ID43050
著者岡本 綺堂
文字遣い新字新仮名
底本 「文藝別冊[総特集]岡本綺堂」 河出書房新社
2004(平成16)年1月30日
初出「文藝倶楽部」1902(明治35)年5月号
入力者hongming
校正者noriko saito
公開 / 更新2004-08-13 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 頃は安政の末、内藤家(延岡藩)の江戸邸に福島金吾という武士があった、この男、剣術柔術が得意で、随って気象も逞しい人物で、凡そ世の中に怖い物無しと誇っていたが、或時測らず一種の妖怪に出逢って、なるほど世には不思議もあるものだと流石に舌を巻いたと云う。即ち五月の初旬、所謂る降りみ降らずみ五月雨の晴間なき夕、所用あって赤阪辺まで出向き、その帰途に葵阪へ差掛ると、生憎に雨は烈しくなった。
 当時の人は御存知あるまいが、其頃は葵阪のドンドンと云っては有名なもので、彼の溜池の流れを引いて漲り落つる水勢すさまじく、即ちドンドンと水音高く、滝なすばかりに渦巻いて流れ落つる水が、この頃の五月雨に水嵩増して、ドンドンドウドウと鳴る音物すごく、況して大雨の夜であるから、水の音と雨の音の外には物の音も聞えず、往来も絶えたる戌の刻頃、一寸先も見え分かぬ闇を辿って、右のドンドンの畔へ差掛ると、自分より二三間先に小さな人が歩いて行く。で、自分は足早に追付いて、提灯をかざして熟視ると、年のころは十三四の小僧が、この大雨に傘も持たず下駄も穿かず、直湿れに湿れたる両袖を掻合せて、跣足のままでぴたぴたと行く姿、いかにも哀れに見えるので、オイオイお前は何処へ行くと脊後から声をかけたが、小僧は見向きもせず返事もせず、矢はり俯向きしまま湿れて行く、此方は悶れて、オイオイ小僧、何処へ往くのか知らぬが、斯の降雨のに尻も端折らずに跣足で歩く奴があるものか、身軽にして威勢好く歩けと、近寄って声を掛けたが、この小僧やはり何とも云わぬ。唖か聾耳か、さりとは不思議な奴、兎も角もそんな体裁ない風をして雨の中を歩く奴があるものか、待て待て、俺が始末をして遣ると、背後から手を伸して其の後褄を引あげ、裳をクルリと捲る途端にピカリ、はッと思って目を据えると、驚くべし、小僧の尻の左右に金銀の大きな眼があって、爛々として我を睨むが如くに輝いているから、一時は思わず悸然としたが、流石は平生から武芸自慢の男、この化物奴と、矢庭に右手に持ったる提灯を投げ捨てて、小僧の襟髪掴んで曳とばかりに投出すと、傍のドンドンの中へ真逆さまに転げ墜ちて、ザンブと響く水音、続いて聞ゆるはカカカカと云うような、怪しい物凄い笑い声、提灯は消えて真の闇。
 汝れ化物、再び姿を現わさば真二つと、刀の柄に手をかけて霎時の間、闇き水中を睨み詰めていたが、ただ渦巻落つる水の音のみで、その後は更に音の沙汰もない。ええ忌々しい奴だと呟きながら、其夜は其ままに邸へ帰ったが、扨能く能く考えて見ると、あれが果して妖怪であろうか、万一我が驚愕と憤怒の余りに、碌々に其の正体も認めず、[#挿絵]って真実の人間を投込んだのではあるまいかと、半信半疑で其夜を明し、翌朝念の為に再び彼のドンドンへ往って見ると、昨夜に変らぬは水の音のみで、更に人らしい者の姿も見えぬ、猶念の為に他の人々にも…

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