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アインシュタイン
アインシュタイン |
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作品ID | 43074 |
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著者 | 寺田 寅彦 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「寺田寅彦全集 第六巻」 岩波書店 1997(平成9)年5月6日 |
初出 | 「改造」1921(大正10)年10月1日 |
入力者 | Nana ohbe |
校正者 | 松永正敏 |
公開 / 更新 | 2006-09-17 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 25 ページ(500字/頁で計算) |
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一
この間日本へ立寄ったバートランド・ラッセルが、「今世界中で一番えらい人間はアインシュタインとレニンだ」というような意味の事を誰かに話したそうである。この「えらい」というのがどういう意味のえらいのであるかが聞きたいのであったが、遺憾ながらラッセルの使った原語を聞き洩らした。
なるほど二人ともに革命家である。ただレニンの仕事はどこまでが成効であるか失敗であるか、おそらくはこれは誰にもよく分らないだろうが、アインシュタインの仕事は少なくも大部分たしかに成効である。これについては世界中の信用のある学者の最大多数が裏書をしている。仕事が科学上の事であるだけにその成果は極めて鮮明であり、従ってそれを仕遂げた人の科学者としてのえらさもまたそれだけはっきりしている。
レニンの仕事は科学でないだけに、その人のその仕事の遂行者としてのえらさは必ずしも目前の成果のみで計量する事が出来ない。それにもかかわらずレニンのえらさは一般の世人に分りやすい種類のものである。取扱っているものが人間の社会で、使っているものが兵隊や金である。いずれも科学的には訳の分らないものであるが、ただ世人の生活に直接なものであるだけに、事柄が誰にも分りやすいように思われる。
これに反してアインシュタインの取扱った対象は抽象された時と空間であって、使った道具は数学である。すべてが論理的に明瞭なものであるにかかわらず、使っている「国語」が世人に親しくないために、その国語に熟しない人には容易に食い付けない。それで彼の仕事を正当に理解し、彼のえらさを如実に估価するには、一通りの数学的素養のある人でもちょっと骨が折れる。
到底分らないような複雑な事は世人に分りやすく、比較的簡単明瞭な事の方が却って分りにくいというおかしな結論になる訳であるが、これは「分る」という言葉の意味の使い分けである事は勿論である。
アインシュタインの仕事の偉大なものであり、彼の頭脳が飛び離れてえらいという事は早くから一部の学者の間には認められていた。しかし一般世間に持て囃されるようになったのは昨今の事である。遠い恒星の光が太陽の近くを通過する際に、それが重力の場の影響のために極めてわずか曲るだろうという、誰も思いもかけなかった事実を、彼の理論の必然の結果として鉛筆のさきで割り出し、それを予言した。それが云わば敵国の英国の学者の日蝕観測の結果からある程度まで確かめられたので、事柄は世人の眼に一種のロマンチックな色彩を帯びるようになって来た。そして人々はあたかも急に天から異人が降って来たかのように驚異の眼を彼の身辺に集注した。
彼の理論、ことに重力に関する新しい理論の実験的証左は、それがいずれも極めて機微なものであるだけにまだ極度まで完全に確定されたとは云われないかもしれない。しかし万一将来の実験や観測の結果が、彼の現在の理論に多…