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![]() パラティーノ |
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作品ID | 43100 |
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著者 | 野上 豊一郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「世界紀行文学全集 第六巻 イタリア、スイス編」 修道社 1959(昭和34)年10月20日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 染川隆俊 |
公開 / 更新 | 2006-09-22 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 19 ページ(500字/頁で計算) |
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一
まだローマになじまないうちは、あまりに多く見るべき物があるので、どこへ行っても、何を見ても、いつもあたまが混迷して、年代史的に地理的に整理しながらそれ等を見ようとするのにかなり骨が折れた。例えばフォーロ・ロマーノ(フォルム・ロマヌム)一つ見るにしてもそうである。古代ローマの最大の広場とはいっても、パラティーノ、カピトリーノ、ヴィミナーレ、エスクィリーノの四つの山の谷間に横たわる長さ六百米にも足りない細長い面積ではあるけれども、其処には紀元前六世紀頃からの各時代各種の建物の遺物が堆積していて、なかなか一度や二度の訪問では、様式の変遷とか素材の種類とか、またそれに関連した昔の市民の信仰の特殊性とか政治的背景とか市民生活の状態とかいったようなものが容易に捉めるものではない。それが捉めなかったら見物の意味は殆んどなくなってしまう。それは一例だが、大きくいえばローマ全体が一つの大きな博物館のようなもので、どこへ行っても、年代史的に、考古学的に、文化史的に、美術史的に、理解と鑑賞を必要とするものが、複雑多様に包蔵されてある。それ等を見物して一々秩序正しく記憶の薬味箪笥にしまい込むためには、並大抵の努力では追っ付かない。第一、訪問の度数を重ねなければならない。そうして親しみなじむことが肝腎である。その前に十分の準備をして概念的に予備知識を貯えて置くことはもちろん必要であり、それを後で修正したり補足したりして確実な知識に作り上げることも怠ってはならない。それほど、ローマは見物の対象としては内容豊富で複雑だから、ローマについて思い出を書いて見ようとしても、当時のノートをめくって見るだけでも億劫なくらいである。
此処ではパラティーノについて書いて見よう。
二
フォーロ・ロマーノを訪問した人は、ヴェスタの殿堂とかヤーヌスの殿堂とか、サトゥールヌスの殿堂とか、バジリカ・ジュリアとか、クリアとかレジアとか、或いはアントニウスがケーサルの追悼演説をしたといわれるロストラとか、そういったものを見て歩きながら、すぐ南の方に高さ五六十米の褐色の煉瓦で固められた断崖が長くつづいて、月桂樹や糸杉でその上を縁どられ、美しい景観を作り出してるのを見落した筈はないだろう。それがパラティーノの山の北の端で、ローマ民族の伝説的発祥の地として昔から神聖視され、また帝国時代の初期には歴代の皇帝が宮殿を営んだ所として有名である。
パラティーノは謂わゆるローマの七つの山――前記の四つの山の外に、クィリナーレ、ツェリオ、アヴェンティーノ――の中で、中央に位して他の六山を三方に配置し、西側はテベレの流に臨み、しかも孤立した丘陵となってるので、最も要害堅固の城砦として役立った。伝説に拠ると、山の端に一本の無花果の木があり、その下で牝の狼がロムルスとレムスの双生児を育てた。そのロムルスが…