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投手殺人事件
ピッチャーさつじんじけん
作品ID43190
著者坂口 安吾
文字遣い新字新仮名
底本 「坂口安吾全集 09」 筑摩書房
1998(平成10)年10月20日
初出「講談倶楽部 第二巻第五号」1950(昭和25)年4月10日
入力者tatsuki
校正者花田泰治郎
公開 / 更新2006-06-11 / 2014-09-18
長さの目安約 58 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   その一 速球投手と女優の身売り

 新しい年も九日になるのに、うちつづく正月酒で頭が痛い。細巻宣伝部長が後頭部をさすりながら朝日撮影所の門を通ろうとすると、なれなれしく近づいた男が、
「ヤア、細巻さん。お待ちしていました。とうとう現れましたぜ。暁葉子が。インタビューとろうとしたら拒絶されましたよ。あとで、会わして下さい。恩にきますよ」
 こう云って頭をかいてニヤニヤしたのは、専売新聞社会部記者の羅宇木介であった。
「ほんとか。暁葉子が来てるって?」
「なんで、嘘つかんならんですか」
「なんだって、君は又、暁葉子を追っかけ廻すんだ。くどすぎるぜ」
「商売ですよ。察しがついてらッしゃるくせに。会わして下さい。たのみますよ」
「ま、待ってろ。門衛君。この男を火鉢に当らせといてくれたまえ。勝手に撮影所の中を歩かせないようにな。たのむぜ」
 暁葉子は年末から一ヵ月ちかく社へ顔をださないのである。暮のうち、良人の岩矢天狗が、葉子をだせと云って二三度怒鳴りこんだことがあった。天狗は横浜の興行師で、バクチ打、うるさい奴だ。葉子の衣裳まで質に入れてバクチをうつという悪党で、今まで葉子が逃げださないのが、おかしいぐらいであった。
 しかし、葉子に恋人があるという噂を小耳にしたのは、ようやく三日前だ。おまけに、その恋人が、職業野球チェスター軍の名投手大鹿だという。猛速球スモークボールで昨年プロ入りするや三十勝ちかく稼いだ新人王で、スモーク・ピッチャー(煙り投手)とうたわれている。
 この話が本当なら宣伝効果百パーセントというところだが、あんまり話が面白すぎる。いゝ加減な噂だろうと思ったが、羅宇木介が執念深く葉子を探しているのに気がつくと、ハテナと思った。専売新聞はネービーカット軍をもつ有名な野球新聞だ。
 細巻が部長室へはいると、若い部員がきて、
「暁葉子と小糸ミノリがお目にかかりたいと待ってますが」
「フン。やっぱり、本当か。つれてこいよ」
 暁葉子はかけだしのニューフェイスだが、細巻がバッテキして、相当な役に二、三度つけてやった。メガネたがわず好演技を示して、これから売りだそうというところ。細巻もバッテキの甲斐があったといささか鼻を高くしていた矢先であったから、はいってきた葉子とニューフェイス仲間のミノリを睨みつけて、
「バカめ。これからという大事なところで、一ヵ月も、どこをウロついて来たんだ。返事によっては、許さんぞ」
「すみません」
 葉子は唇をかんで涙をこらえているようである。父とも思う細巻の怒りに慈愛のこもっているのが骨身にひびくのである。
「言い訳は申しません。私、家出して、恋をしていました」
「オイ。オイ。ノッケから、いい加減にしろよ」
「ホントなんです。せめて部長に打開けて、と思いつづけていましたが、かえって御迷惑をおかけしては、と控えていたのです」
「ふ…

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